かーくんと、結婚する予定だった。
瀬海歩さんから、「キザ笑い選手権」の審査員を打診されたとき、正直、思った。
キザ? いまどき?
キザなセリフをコメントで言い切って、誰かが現実に引き戻す。それだけの遊びが、令和のいまの時代に成立するんだろうか——と。
蓋を開けたら、これですよ。
スキ121。コメント、934件。(8月25日現在)
ほんっとうに、コメントだらけ。通知が鳴りやまない。キザ、いまどきどころか、すごい需要あるんです。
なんでだろう。審査員として、これは深掘りせねばなるまい。

考えてみたら、私たちの世代は、ドラマも曲も、キザまっしぐらの、どまんなかで育っている。
まず、あぶない刑事の柴田恭兵。走って、撃って、笑う。何をしても様になる。劇中に流れるあの曲まで、様になる。あれは真のキザだ。顔とスタイルと色気で押し切る、正規軍のキザ。
一方で、101回目のプロポーズの武田鉄矢。こっちは冴えないおじさんである。モテない。かっこよくない。なのにダンプカーの前に立ちはだかって、「僕は死にましぇん」と言い切った。

冷静に考えたら、歯が浮くセリフだ。歯が浮くどころか、総入れ替えになる。
でも、あの頃の私たちは、ひっくり返った。
……いや、「あの頃」じゃないな。白状します。つい最近、FODで見返したんです。
やっぱり、泣いたよね。冴えないおじさんの一生懸命な愛のコトバに。
つまり、こういうことだ。キザは、顔の専売特許じゃない。冴えないおじさんでも、本気で言い切れば、人を泣かせられる。本気で言い切った者だけが、キザを名乗れる。
そして、極めつけ。
当時の私のハートを鷲掴みにしたのが——かーくん(光GENJIの諸星和己さん)である。
1988年、「ガラスの十代」。キザの最終進化形が、ローラースケートに乗ってやってきた。
歌詞をここに全部書くわけにはいかないけれど(大人の事情)、十代の壊れそうな輝きを、キラッキラの衣装で、大真面目に歌い上げるのだ。照れが1ミリもない。キザのギガ盛り。でも誰も笑わない。本気だから。
そして当時の私は、かーくんが、テレビ画面越しにもぉ〜っとそばにお〜いで
もぉ〜っとそばにお〜いでと「私だけに」笑いかけてくれていると、本気で信じていた。
あの番組が全国放送であることは、知っていた。お茶の間という言葉も知っていた。知っていたうえで、「でも、いまの笑顔は私宛」と処理していた。
信じていただけじゃない。準備をしていた。
かーくんと結婚したあとに住む「みーちゃんの部屋」の間取り図を、一生懸命、自作していたのだ。

今あの間取り図が出てきたら、たぶん『変な家』(『変な家』は、奇妙な間取り図の謎から恐ろしい真実を暴いていく、雨穴による人気の不動産ミステリー作品で)側の物件だと思う。気持ち悪い、で済めばいい方で、オカルトに片足入ってる。
主催の瀬海さんは、自分の企画に「嫌悪感や吐き気や寒さを感じる方もおおいらしいのですが(笑)」と予防線を張っていたけれど。
嫌悪感とか、気持ち悪さの度合いでいうなら、私だって負けてない。
でも——ん? 待てよ。
「本気で言い切ること」がキザの条件なら。
画面の笑顔を自分宛だと言い切り、間取り図まで描いた当時の私は、けっこう、キザだったのでは?
キザ? いまどき? なんて言っていた私が、いちばんのキザ経験者だった。そりゃあ、この選手権が刺さるわけだ。
会場では今日も、誰かが本気でキザを言い切って、誰かが現実で受け止めている。嫌悪感と寒気と笑いが、いい感じに混ざり合っている。
私は審査員席から、それを眺めています。
かつて、間取り図を描いた者として。

一緒にキザを盛り上げてくれる子猫ちゃんを募集しているぜ〜
ベイビー、こっちを向いて、君をずっと離さないよ〜
▼会場はこちら(8月30日まで)
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