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団地の9階に、私の憧れは住んでいた。

小学校低学年の頃。

私は、団地の2階に住んでいた。

同じ号棟、同じ学校。

仲良しの、ゆいちゃんは、
9階に住んでいた。

団地だから、
実はそんなに違わない。

2階も9階も、
同じ団地。

でも、子供の私には、
9階が眩しかった。

今でいう、
タワマンヒエラルキーのミニチュア版。

2階の私から見たら、
9階はもう、成功者だった。

「9階、スゲー」

本気で思ってた。

エレベーターに乗って、
ぐんぐん上がっていく。

それだけで、
なんかもう違う。

ゆいちゃん、
上流階級じゃん。

そんな言葉は知らなかったけど、
気持ちは、だいたいそれだった。

しかも、ゆいちゃんは、
健康優良児だった。

知ってる?

健康優良児。

毎年、表彰される。

健康なだけじゃダメなのだ。

健康の、
さらに「優良」。

私は健康だったと思う。

でも、

優良ではなかったらしい。

昭和、
健康にも順位をつける。


極めつけは、
夏の、今では考えられないイベント。

名前は、伏せて書く。

「く◯んぼ大会」。

差別的な呼び名だから、
令和のいま、あえてこう書く。

でも当時は、
みんな普通にそう呼んでいた。

どれだけ真っ黒に日焼けしたかを競う大会。

そして、ゆいちゃんは、

何連覇もしていた。

強い。

9階に住んでる。

健康優良児。

さらに、
日焼けまで強い。

ゆいちゃん、無双。

当時、
日焼け止めなんて概念は、
ほとんどなかった。

海の家で売っていたのは、
黄色いボトルのオイル。

日焼けを防ぐんじゃない。

焼くために塗る。

追い日焼けである。

田舎の海に行くと、
父ちゃんが必ず塗ってくれた。

背中に、
せっせ、せっせと。

「真っ黒になれよ」

って。

娘の紫外線対策、

真逆。

夏休み明けは、
どれだけ黒くなったかが勝負だった。

今の子は、
日焼け止めを塗って、
帽子をかぶって、
ラッシュガードを着る。

私たちは、

オイルを塗って、

海へ。

時代、変わったなあ。

そんなふうに、
羨ましいことだらけの、
ゆいちゃんだったけど。

仲は、良かった。

団地の夏祭り。

いつもの団地に、
提灯がついた。

出店が並んで、
子供がいっぱい集まって。

夜になると、
いつもの場所なのに、
ちょっとだけ違う場所になった。

親からお小遣い貰ってゆいちゃんと、
かき氷を食べた。

何味だったかは、
もう覚えてない。

でも、
二人で歩いたことは覚えてる。

そして、
メインイベント。

スイカの早食い競争。

私は、
一次予選で敗退。

本番に出場すら、
できなかった。

でも、

ゆいちゃんは出てた。

健康優良児だもん。

そりゃ強い。

私は観客席から、
大きな声で叫んだ。

「がんばれー!!」

羨ましかった。

9階も。

健康優良児も。

真っ黒に日焼けできることも。

スイカの早食い競争に
出られることも。

でも私は、

ゆいちゃんに負けてほしいとは、
一度も思わなかった。

「がんばれー!!」

って、

本気で叫んでた。

羨ましいと、
応援したいは、

両立する。

子供の私は、
そんな言葉なんて知らなかったけど。

ちゃんと、
やっていた。

あれから、
ずいぶん時間が経った。

9階なんて、

今なら、
ただの9階だ。

でも、あの頃の私には、
ずいぶん高い場所だった。

団地の2階から見上げた、
9階の窓。

そこには、

私の憧れが住んでいた。

そしてたぶん私は、

その憧れが、
好きだったんだと思う。

だから、

あんなに大きな声で、

「がんばれー!!」

って言えた。

何味だったか忘れた、
かき氷。

真っ黒になるために塗った、
黄色いオイル。

出場すらできなかった、
スイカの早食い競争。

そして、

9階のゆいちゃん。

あの夏の団地の空を、
今も覚えている。

この夏の1コマを、
一曲にしました。

子供の頃の、
ちょっとした羨ましさと。

それよりずっと大きかった、

「がんばれ」。

そんな歌です。



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