ひこうき雲のかかる空の日
何故か、ふと故人の事を思い出し、荒井由実の『ひこうき雲』に針を落とした。4年間に彼が亡くなった時以来のことだ。
こうやって歌と共に思い出が増えていく。
2026年8月
死は誰にも訪れるもので、それを避けることは絶対に出来ない。
私は先日、十年来のビジネスパートナーを突然失った。彼が亡くなる前日まで電話で会話をし、翌週には一緒に大阪出張でもしよう、などと話していた矢先の出来事だった。
だから連絡を受けた時、「信じられない」という感情しか湧かなかったし、あまりにも突然すぎたので感情も無いまま空を見上げてしまった。ひこうき雲がかかる寒い日だった。
62歳の彼は、大きな病歴も無く、血圧が少し高く、若い頃に軽い喘息を患っていたことがあるくらいで、体系も180センチの身長でメタボリックという訳でもなかった。
病院には定期的に通っていたが、高血圧予防の薬を貰うくらいだった、と。
その日もお孫さんと遊び、少しはしゃいだ後、昼寝でも・・・ということで横になった。
しばらくすると寝ているはずの彼の息が荒くなっていくのを娘さんが気付き、救急車を呼んだ。そして、病院搬送。心臓マッサージも行なったが、帰らぬ人となった。
ほんの一瞬の出来事のようだったと娘さんは述懐する。
葬儀は雪の舞う2月の寒い日に行われた。仏式でも神式でもなく「お別れ会」と記された看板。
沢山の供花や思い出の写真が飾られた大広間に棺がある。
「故人に贈る言葉を書いて紙飛行機を作ってください」と書かれた場所には色とりどりの折り紙があった。
ペンを手にし、言葉を探していると荒井由実の「ひこうき雲」が流れていたことに気がつく。
荒井由実(松任谷由実)の歌には死を歌った作品が多いが、この歌もその一つだ。
荒井由実の小学校の同級生が高校1年生の時に病気で亡くなり、その命を一筋のひこうき雲になぞらえて作ったと彼女の著書「ルージュの伝言」で語っている。
空に憧れて
空に溶けていく
あの子の命は ひこうき雲
飛行機が大好きだった故人の棺の中には参列者が作ったメッセージ付きの紙飛行機が沢山添えられた。
死は誰にも訪れるものだが、そんなことを普段意識して生きてはいない。しかし、必ずいつかは死ぬことを理解しているのだから、死生観は持っておくべきだ。なぜなら、死はロマンチストに歌の歌詞のようなわけにはいかないからだ。そして今回のように突然目の前から消えられると、残された方の気持ちが追い付かないのだ。突然死は困る。
故人は本当に気持ちの良い人だった。誰からも愛された。世間で奴隷制度などと言われている「技能実習生制度」のクレームは彼には皆無だった。それは日本とタイを結ぶ懸け橋となった彼の仕事が物語っているし、実習生や受入企業からの弔電やFacebookの弔いのメッセージの数は優に1000を超えたからだ。

荒井由実の『ひこうき雲』(1973)をターンテーブルに乗せて聴く。
ひこうき雲 ~ 曇り空 ~ 恋のスーパー・パラシューター ~ 空と海の輝きに向けて ~ 紙ヒコーキ
雲や空や飛行機の歌が多いことにふと気づく。
自分が死んだときに葬儀場でかけてもらう歌をそろそろ考えておこうか。
それとも自分用のBGM集でも作っておこうか・・・。

2022/2/16
花形
