お姉さんになった話
小学校低学年の頃、私は毎日のように母に「妹がほしい」とせがんでいました。
きっかけは、クラスの友達でした。その子には妹がいて、休み時間になると迎えに来た妹と手をつないで、楽しそうに帰っていくんです。二人でお菓子を分け合ったり、くだらないことで笑い合ったりしている姿を見て、私は無性に羨ましくなりました。
「私も、妹がいたら、あんなふうに仲良く遊べるのかな」
そんな単純な憧れから、来る日も来る日も、母に「妹がほしい」と言い続けていました。
念願の妹ができて
しばらくして、本当に妹が生まれました。
小さくて、ふにゃふにゃで、たまらなく可愛くて。あんなに欲しがっていた妹が、目の前にいる。飛び上がるほど嬉しかったです。
でも、その喜びは、思っていたよりずっと早く、違うものに変わっていきました。
妹が大きくなるにつれて、家の中で私にかけられる言葉が、少しずつ変わっていったんです。
「お姉さんなんだから、おやつは妹に多く分けてあげなさい」 「お姉さんなんだから、それくらい我慢しなさい」 「お姉さんなんだから、妹に譲ってあげて」
最初は素直に「そういうものか」と受け止めていました。でも、それが毎日のように、いろんな場面で繰り返されるうちに、だんだんと胸の奥に、モヤモヤしたものが溜まっていきました。
私は妹と、ただ仲良く遊びたかっただけなのに。いつの間にか、「お姉さん」という役割のほうが、「私」という一人の子どもより、先に扱われるようになっていた気がします。
おやつを我慢したのも、譲ったのも、私自身が選んだことではなく、「お姉さんだから」という理由で、当たり前のように求められたことでした。
友達の家で見たあの光景に憧れて妹を欲しがったはずなのに、実際に妹ができてみたら、待っていたのは、我慢することの方が多い毎日でした。
それでも、当時の私には、その気持ちをうまく言葉にすることができませんでした。ただ漠然と、「お姉さんって、しんどいものなんだな」と、子どもながらに思っていた気がします。
大人になって、届いた言葉
それから何年も経って、私も妹も、それぞれ大人になりました。
ある日、何気ない会話の中で、妹がふとこんなことを言いました。
「私、子どもの頃からずっと、お姉ちゃんみたいになりたいと思ってたんだよね」
一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。私にとって、あの子ども時代は、我慢と譲歩ばかりが記憶に残っている時期だったからです。
驚いて理由を聞くと、妹はこう続けました。
「お姉ちゃんって、いつも我慢強くて、しっかりしてて。私、そういうところ、ずっと目標にしてたよ。だから、進路とか迷ったときも、いつも心のどこかで『お姉ちゃんならどうするかな』って考えてた」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、じんわりと熱くなりました。
あの頃、「お姉さんだから」と強いられていると感じていたことの一つひとつを、妹はずっと近くで見ていて、それを「目標」として受け取ってくれていたんです。
私にとっては、我慢や役割としか思えなかった日々が、妹の中では、進む道を選ぶときの、確かな道しるべになっていた。そのことを、大人になってから初めて知りました。
今、思うこと
「お姉さんなんだから」という言葉に、当時の私は、正直あまり良い感情を持てずにいました。
でも、あの頃、我慢しながらも妹と過ごした時間の一つひとつが、妹にとっては、思っていた以上に大きな意味を持っていたんだと知って、あの日々の見え方が、少しだけ変わりました。
自分では気づかないうちに、誰かにとっての支えや目標になっていることがある。 それは、お姉さんとしての経験だけに限らず、いろんな人間関係にも言えることなのかもしれません。
