筆者が締切を繰り上げられても(あまり)怒らない理由
「カー・アンド・ドライバー」編集部には、実は少しだけ不満がある。筆者の締切だけ、他のライターより毎月少し早いのである。

発売日は26日で、だいたいは「12日くらいまでお願いします」という、ごく常識的な日程になる。しかし土日祝で発売日が動く時もあるので、時々、「今回は少し早めの10日で」と言われることがある。以前、一度だけ「8日でお願いします」と言われたことがあった。しかも非常に忙しい時期だったこともあり、工程から考えても余裕を見すぎだろうと思ったので、「いや、流石にそれはないでしょう」と返したところ、その場で「では10日で」と修正された。
もちろん締切が早いのは歓迎できない。1カ月の中ではどうとでも吸収できる仕事でも、その週は色々と詰まっていて、この歳で徹夜だとか、無茶なことをしないと書けないことはザラにあるからだ。しかし雑誌の編集という仕事をやってきた経験もあるので、編集部側の事情も理解している。編集部も自分が楽をしたくて締切を前倒ししているわけではない。工程全体を見ながら、現実的な落としどころを探しているのだ。だから強く文句を言うこともない。構造が見えてしまっている以上、「まあそうなるよね」と思ってしまうのである。
その構造とは何か。実はこの話、自動車工場の工程管理と驚くほどよく似ている。
雑誌の工程と自動車工場の工程
自動車工場の工程管理という話をすると、多くの読者は難しいと感じるだろう。自動車メーカーの建屋の中だけでも、プレス工場があり、溶接工場があり、塗装工場があり、組立工場がある。しかし3万点の部品の約75%はサプライヤーからやってくる。
そのサプライヤーには、原材料から素材、中間加工品、部品に至る、数百社のサブサプライヤーが連なり、その間をジャストインタイムで物流会社が繋ぐ、超絶に精密なサプライチェーンがある。クルマが完成すればしたで港へ送られ、世界中へ輸出される。ユーザーに届くまでの工程には販売会社が入るので、もうとんでもないことになる。自動車のサプライチェーンを説明しようとすると登場人物が多すぎるので、何が本質なのかが見えにくいのだ。

そこで今回は少し話を単純化したい。雑誌編集部という、小さな「工場」の話である。登場人物はライター、編集者、デザイナー、印刷所くらいしかいない。もちろん実際にはライターだけではなく、イラストレーターやフォトグラファーもいるし、流通を含めれば取次や書店も存在する。しかしプレイヤーは自動車産業に比べれば圧倒的に少ない。その分だけ、工程管理の本質が見えやすい。
最近はどの雑誌もウェブに主戦場を移しているけれど、本連載の読者の皆さんは筆者同様、雑誌文化にどっぷり浸かった世代だろうと思うので、自分の来し方も込めつつ説明させていただこう。自分自身が雑誌屋出身であることを根拠に自虐的に言えば、すでに斜陽産業となりつつある雑誌の話をウェブに書くことがまさに今の時代らしい。ただ誤解無きように言っておけば斜陽であることと無くなることは違う。少数かもしれないが雑誌は生き残る。
雑誌に必要なリードタイム
雑誌はどうやって出来上がるのか。多くの人は、「ライターが原稿を書き、それをデザイナーが組み、校正して印刷する」という一本道を想像するだろう。しかし実際の現場はそんな単純なバケツリレーではない。
まず発売日が決まっている。カー・アンド・ドライバーは毎月26日発売だ。ただし土日祝日に当たれば前倒しになるが、ひとまず原則通りの26日発売で話を進める。原則通りの場合、26日売りの雑誌の取次(本の卸、書店への物流を担う)への搬入は23日。その後発売日までに書店へ配送しなければならないからその分のリードタイムが必要だ。
そこから逆算すると22日には製本が終わっていなければならない。印刷にはおよそ2日必要なので19日には印刷機が回り始める……というと誤解があるかもしれない。今時、ロール紙を使って刷る輪転機が必要なほどの大部数の雑誌はほとんどないので、大きな1枚の紙に16面のページを一気に刷る平台の印刷機が用いられる。印刷速度は当然輪転機より遅いから時間がかかるのだ。その結果、バッファを持って印刷に2日、と相なる。
印刷所はデータの検証や刷版製作などに時間を要するので、16日が編集部からのデータ入稿(校了)の日、すなわち印刷にゴーサインを出す「下版」日になる。ついでに言うと、昔は全てのチェックを印刷所が行っていたが、今や完全データ入稿なので、データ検証と言ってもファイルが開けるかどうかとかのライトなチェックのみである。昔はあからさまな誤字などを印刷所が発見して直してくれることがあったが、今はもう期待できない。編集部で作ったデータにミスがあれば、即、事故につながると考えた方が良い。
という工程を見てきて、ここで重要なのは、この16日という日付は編集部が勝手に決めた締切「ではない」ということだ。印刷所の都合、あるいは取次の都合、書店の都合。最後は読者の都合。詰まるところ、読者に約束した日に書店に並べるための多くの利害関係者共通の落とし所である。ひとつ狂えば余計なコストや支払いのズレが生じる。要するにそれなりに深刻な金の問題になる。「まあいいや」で誰かが破ることは構造上できない。
もちろん17日校了でも物理的には印刷できる。しかしそれは印刷会社の残業や印刷機の予約変更を前提にした、つまり他のリソースに大迷惑を掛ける「泣きの一回」である。
印刷会社には他社の雑誌や書籍の仕事も山ほどある。それを隙間なく稼働させるのが印刷会社の経営であり、印刷機は何時でも空いているから好きに使ってください、という設備では決してない。予約は何週間も前から埋まっている。工程の管理として、多少の遅れはどこかで飲み込めるようにバッファを取ってあるが、それも限界がある。限界を超えて割り込めば誰かが残業し、それで済まないようなら他社の工程までがずれ、その結果として多額の割り増し残業代が発生してコストが増える。昔のように雑誌が莫大な利益を生む時代なら、それもある程度は「商品力向上のため」と飲み込めた。しかし今それを常態化したら、印刷所も出版社も利益を失うだけである。
つまり編集部が設定してくる締切とは、「編集部の締切」ではないのだ。工程のもっと先にいる印刷や製本、物流や販売まで含めた工程全体から逆算され、デザインされた日付なのである。だから編集部にも、それを動かす権限も自由もない。もちろんデータを入れなければ印刷所は動けないが、それは単なる約束破りである。仮に印刷所が数日遅れで何とかリカバーしたとしても、取次が全国書店に輸送するためのトラックをアサインできないケースも起こる。そうなれば最悪は発売中止という事故に至るし、そうでなくとも莫大なペナルティが発生する。
デザインと並行して、修正作業がやってくる
では、16日に校了するためには、ライターはいつまでに原稿を書けばいいのか。ここで話は「筆者だけ締切が少し早い」へと戻る。理由は意外なほど単純である。
カー・アンド・ドライバーは雑誌1冊を2〜3人のデザイナーで分担している。メインデザイナーが全体の7割ほどを受け持ち、残りを別のデザイナーが担当する。仕事の速さは驚くほどである。フォーマット化されたページなら1ページ1時間程度。通常の記事でも1〜2時間。試乗記の見開き程度ならやはり1〜2時間で組み上げる。最も力を入れる巻頭特集でも、30〜40ページ全体で純粋なデザイン作業は3日程度である。
ただし、このあたりは編集者の能力にも依存する。どういうページにしたいか、そのための写真や図版のプライオリティ付け、あるいはテキストの文字数の調整などがちゃんとできる編集なのか、何となくもっともらしい素材をあまり考えずにデザイナーに丸投げする編集者なのかによってデザイナーの負荷は大いに変わる。筆者が若い頃、仕事を教わったのはデザイン室長だったので、そういうことをみっちり叩き込まれた。というか、編集部では誰も教えてくれなかったので、OJTでページ要素を作りながらデザインに持って行っては怒られながら習得したのだ。
そしてデザイナーの仕事は、新しいページを組んで原稿を配置することだけではない。筆者や編集者から、そのページへの修正指示(校正)が入ってくるから、随時そちらを反映しなければならない。雑誌は編集記事だけではない。表紙も来る。広告ページもある。場合によっては付録や抜き刷りのような特殊印刷物もある。それぞれの担当者から要望がやってきて、時には議論もしながら反映する。それでも全体は予定通り流さなければならない。
つまり、印刷所が1冊の雑誌だけを刷っているのではないのと同様に、デザイナーも1日1ページずつ悠々と仕事をしているわけではない。デザイナー自身も、自分のページだけを見て仕事をしているわけではなく、1日の中で何本もの工程を切り替えながら、猛烈な速度で処理しているのである。これは作品づくりではなく、産業なのだ。そして、この速度を前提にして初めて雑誌という工業製品は毎月決まった日に書店へ並ぶ。
では、なぜ筆者だけ締切が少し早く設定されるのか。
すでに予想が付いている人もいるかと思うが、筆者の原稿が特別に時間が掛かるから……ではない。ここを勘違いすると工程管理の本質を見誤る。
工場でもそうだが、工程管理とは「1つの仕事に何時間掛かるか」を管理することではない。全体の仕事量を時間軸にどう配置・配分するかの管理である。
例えばデザイナーの仕事を考えてみよう。フォーマットに写真と文字を流し込めば完成するようなページもあれば、レイアウトを考えながら組むページもある。巻頭特集のように雑誌の顔となるページでは、数日掛けて世界観をつくることもある。それらの仕事は一直線に並んでいるわけではない。巻頭特集を進めながら、その合間に通常ページを組み、前日に校正へ回したページの修正が戻ればそれを優先する。複数の工程を同時進行させながら、一冊全体を仕上げていくのである。
しかも、雑誌は毎月ゼロからデザインを作り直すわけではない。カー・アンド・ドライバーには媒体のブランドとして長年積み重ねてきたトーン&マナーがある。もちろん2〜3年に一度、時代のトレンドを見ながらアップデートされたりはするが、そこで決めた基本を崩さないことがブランドであり、読者との約束でもある。
月初には、その号らしい色味や季節感など、一定の振り幅の中で方向性を探るが、毎号まったく違うテイストの雑誌をつくるわけではない。自動車メーカーが毎年ブランドイメージをつくり直さないのと同じである。変えるべきところと、変えてはいけないところを切り分けることもまた工程管理の一部なのである。
作業の「ピーク」をつくらず「平準化」する
ここで重要になるのが「平準化」という考え方だ。
仮に、すべてのライターが12日に原稿を入れたとしよう。すると編集者は12日に全原稿を読み、デザイナーは12日から一斉にページを組み始め、校正も一斉に戻ってくる。仕事量の「ピーク」ができるのである。
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