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インド市場の未来は「10億総中流」にかかる(インド編その1)

 2030年代の自動車産業を語る上で、インドは避けて通れない市場になった。今、日本の自動車産業に従事しているほぼ全ての人の頭の片隅には、あるいは片隅どころではなくインドがあると思う。それはちょうど2000年代に入った途端、グローバルな自動車マーケットの話をするには中国のことを知らないと話にならなかったのと同じように、多分2030年代以降を睨む場合、自動車産業にとってインドは「いいかぁ、ここ試験に出るぞー」という要チェック課題なのである。

 一国の経済の理解は大きなテーマだが、恐れることはない。重要なのは細かいディテールではない。どこを見るべきか、未来を決める要素の核心を掴んでしまえば、ディテールはそこに付随するパーツに過ぎないからだ。


「もう安心」ではなく「危機感」だった「もはや戦後ではない」

 まずは前提として、グローバルマーケットの変遷を、そこに参入した日本の経緯を通して、簡単に振り返っておきたい。

 かつて自動車産業にとって、世界は「欧州」と「米国」だけだった。そこに1970年代あたりから「日本」が加わってくる。我が国で戦後が終わったのは概ね1955年頃だ。自民党が結党され、いわゆる55年体制がスタートし、翌56年には経済白書に「もはや戦後ではない」という文言が現れる。

1945年の東急大井町線戸越公園駅(wikipediaより:パブリックドメイン)

 「もはや戦後ではない」という言葉は多分ここの読者ならば知っていると思うのだが、その真の意味を理解している人は意外に少ない。

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