あの日、記者たちの顔色が変わった
意味深なタイトルで一体なんの話が始まるのかと思うだろうが、これは運転の話。というかもっと言えばボクら自動車評論家は一体クルマのどこを見て「クルマの良し悪し」を判断しているのかという話であり、もっと言えば「クルマの違いはどうすればわかるのか」という多分読者のみなさんも興味があるであろう話なのだ。
スピードを出すほどクルマはわからなくなる
一番初めに大事なことを書く。クルマのほとんどの性能はスピードを出すほどわからなくなる。そしてサーキットでぶっ飛ばしてわかることは極めて限られ、かつ普段の運転で使う領域とはまずもってほとんど関係ない。
例えばオーディオの音を評価する時、「どんだけ大きな音が出るか」なんてことは、わりとどうでもいい。音量の最大値なんて必要十分をクリアしているかどうかだけの問題だ。それより普段自分が聞く音量で、周波数的な抜け落ちがなくてバランスよく音が出るか、定位がどうか、みたいなことを確かめたい。
もちろん普段聞く音量でしっかり確かめた上での追加テストとして、ボリュームを上げていって、そのバランスや解像度がどこまで壊れないかの確認はするけれど、まあテストとしては例外的な使い方をする人向けの付け足しである。大規模な野外フェスで使うPAとかなら耳をつんざくくらいの爆音で性能が保たれることは大事かもしれないが、個人が家庭で使うオーディオの評価にはほぼ関係ない。
クルマで言えばGRヤリスみたいに、モータースポーツで実際に使うクルマならば、そういう野外音響用の機材みたいな極端な速度域での挙動や性能の評価が求められるだろうが、そんなクルマはごくごくわずかな例外。注目を集めやすい派手な話だから目立つだけだ。
冒頭に「ほとんどの性能はスピードを出すほどわからなくなる」と書いた。クルマという乗り物は、色々なところから侵入してくる音や振動を含め、ハンドル、アクセル、ブレーキなどの入力に対する出力や、フィードバックが大量に発生する機械である。
クルマが伝えてくる情報は極めて同時多発的なのだが、それらの中には速度に依存するものとしないものがある。例えば走行音の大きさは速度に依存するけれど、内装の軋み音あたりはほとんど速度に関係しない。そういうものが速度を上げると速度依存性の音にマスキングされてしまう。
フィードバックや反応も、速い操作をすると確かめられないものが多くなる。例えばブレーキの初期反応は、いきなりガツンと強く踏んでしまえば感じることができない。ステアリングも同じ、一気に大舵角を入れてしまうと、微舵角での反応はわからない。
そもそも、日本国内でそこらを走っている普通のクルマの生涯において、180km/hで走る機会など限りなく0%だろう。多分クルマ好きでサーキットに通うような人でも1%に満たない。というかそもそもストレートで180km/hに到達できるクルマとコースの組み合わせが極めて少ない。
けれど同じくクルマの生涯において、5km/h、つまり歩く速度のノロノロ運転で走っている時間はきっと膨大なものになっているだろう。というか、1日の走行で一度も5km/hの瞬間がないなどということはあり得ない。それは1km/hでも10km/hでも20km/hでも同じこと。そういう日常速度域の反応こそが重要なのだ。
「今時のクルマなんて、みんな同じでしょ?」に燃える
さて、少し話が変わる。筆者だけじゃなく、同業の自動車評論家と話していると、走り出して5mとか10mで「あれっ? これ良いんじゃない」ということはわりと頻繁に起こる。もちろんそれが何に起因しているとか、全体的な傾向とか、それこそ道路や車速に起因する状況別の性能なんかはもう少し条件を変えて試してみないとわからない。けれど単純なマルかバツかなら、大体はわかってしまう。
という話をすると「盛ってるでしょ?」とか、「絶対感覚があるオレすげぇ話ですか?」みたいに思われることは多々ある。筆者も出版社に入りたての頃は、「そういう違いがわかる才能がある人ってすげぇ」と思っていたから容易く想像できるのだ。けれども、実はそういう違いって誰でもわかることなのだ。いや本当、別にここで謙遜して見せても意味がないし、嘘を吐いてもしかたない。
数年前、トヨタにクルマを用意してもらって、トヨタの番記者(トヨタ担当の新聞記者)たちと、一部広報部員の人たちを対象に、クルマの乗り比べ方のレクチャーをしたことがある。トヨタのほとんどのクルマがTNGA世代に変わったので、「このタイミングでTNGAのビフォー&アフターを乗り比べさせるべきだ」と筆者が強く主張したからだ。
というのも、先に書いた通り、同業者たちの間では、TNGAのビフォー&アフターの違いはもう明々白白で、失礼ながら同じ会社のクルマとはとても思えないくらいだ、というのが定説だった。けれども、新聞記者の人たちはそういうわれわれの発言をどうも信じない。「騒ぐほど大した差じゃないでしょう? 今時のクルマなんて何に乗っても同じなんじゃないの?」という意識だった。さすがに面と向かって言われはしないが、何かの機会でビフォー&アフターの違いを説明していると、なんとなく視線が冷たい。
この伝わらないもどかしさが一番のばねになった。本来情報の伝え手である新聞記者の人たちが、こういう説明に全然ピンと来ないのは社会にとっても問題だし、もっと言えばトヨタだってその違いをきっちり体感させないのは広報の怠慢ではないかと主張した結果、この体感試乗会が実施されることになった。


TNGAのビフォーアフターの体験会
最初の講義で言ったことは簡単。「法律を遵守しましょう」、「急のつく操作は要りません。穏やかに運転してください」、「スピードは交通の流れに従って」。たったそれだけ。それだけでわかるのだ。要するに普通に運転するだけ。しかも筆者は運転の見本も示さない。ただ助手席に乗り、運転操作によって起きた車両運動の現象を指摘するだけだ。
最初はみんな緊張の面持ちである。課題はすでに言った通りただ普通に運転するだけ。ただ近所の川の土手上に作られたゆるやかにくねった(それはつまりワインディングとかでは全くないただの真っ直ぐじゃない)道路を走る時に「左側の路側帯を示す白線との距離を50cmに保つこと。白線を踏んでショートカットしたり、離れたりしないこと」とだけ条件を付けた。
これはなぜか。種明かしをすれば、自分の判断で適当に曲がるのではなく、白線に沿って、曲がり率を合わせて走らなければならないからだ。つまり運転プランを持ち、それに従ってクルマを制御するということである。プランもなく適当に運転していたら、上手く行ったのか、失敗したのかが全然わからない。そのための基準を作った。それが「クルマの全ての運動を穏やかに」と「線と等距離で」の2つの意味だ。
もうひとつだけこのテストのコツがあって、ビフォーに先に乗せることである。アフターから乗ってもわかるのはわかるが、驚きが少ないし、できれば進化を体感して喜んだ状態で終わってほしいという思いもある。
大体の人は少し走っていると、例えば信号からのスタートで、ちょっとグンと加速することがある。そこで筆者は尋ねる「今の加速はわざとですか?」。別に問い詰めたりしない。ただそこで彼なり彼女なりが、「あ、ホントだ。穏やかにできなかった」ということさえわかれば良い。そしてほとんど全ての人は「いえ。そういうつもりじゃなかったです」と言う。
次に、ブレーキ。信号で普通に止まる時。ほとんどの人は何回かに一度カックンと止まる。そこでも筆者は尋ねる「今のブレーキはわざとですか?」。それも返事は当然のNOだ。白線から離れれば指摘し、白線に近づき過ぎれば指摘する。そしてみんなわざとじゃないと言う。筆者が何をしているかと言えば「現象のラベリング」である。グンは非線形の加速だし、カックンも同じくマイナスの非線形加速。ステアリングは微舵角のリニアリティ。その現象が起きた時に、「今のは、自分の狙った操作とクルマの反応が一致しなかったということだ」とだけわかってもらうわけだ。
記者諸兄、大興奮
次にアフターのクルマに乗り換える。早い人は走り出して50mで「全然違う」と叫び出す。さっきまでの「自分にわかるようなものなの?」という少し引いた、そして不安な表情からすっかり顔色が変わっている。自分がやった操作の通りに動くこと、その精度の差にびっくりするのだ。そして大興奮で喋り出す。
これは、ただ運転プランを持って操作をした結果、自分のイメージとクルマの動きのズレが感知できるようになっただけの話であって、別に訓練で微妙な差がわかるようになったわけでもなんでもない。しかも片道せいぜい15分か20分の一般道の話だ。
実際、筆者が驚いたのは、ここから先である。
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