日本の自動車産業の「まだそこにある」勝ち筋
「日本の自動車産業は、このままでは中国に負ける」。
中国メーカーの価格はなぜ安いのか。開発スピードの速さは何によって実現されているのか。コスト競争力は持続可能なのか。そして、それは本当に日本が勝利を目指すべき競争なのか。こうした現実を見ずに、「勝つ」「負ける」だけを論じても意味はない。
日本は本当に中国に負けるのか
価格競争力については、筆者はこれまで繰り返し、「コンプライアンスギャップ」という言葉を使って説明してきた。価格競争そのものは決して否定しない。自由競争は市場経済の基本であり、生産性向上の努力は企業活動の根幹である。
しかし、競争条件が揃っていない環境で、市場価格だけを比較しても意味がない。例えば新興国では、事業の成否が有力者との関係に左右されるケースが現実に存在する。仮に現地ではそれが半ば慣行として受け入れられていたとしても、日本企業は賄賂を使うことはできない。使えば日本国内で重大なコンプライアンス違反となり、企業の存続に関わる問題になる。
一方で、それを気にせず事業を進められる国の企業があるなら、同じ市場で競争していても、条件は一致していない。問題は法律の有無ではない。法的には大抵どこの国にも禁止するルールはある。けれども実際の問題は、違反したときに企業が支払う代償の大きさである。その違いはそのままコスト構造の違いとなり、価格へ反映される。
さらに言えば、採算を無視した価格競争には、本当の意味での勝者はいない。一見すると消費者は安い商品を買えて得をしているように見える。しかし、ダンピングによって市場価格が破壊されれば、品質、安全、環境、研究開発、人材育成に正当なコストをかける企業ほど先に競争力を失う。消費者に本当にメリットがある良い製品は姿を消してしまい、最後には市場そのものが痩せ細る。だから世界各国は反ダンピング措置や関税を設ける。それは国内企業を甘やかすためではなく、市場そのものを守るためだ。
昨今、日本の人件費はOECD加盟国の中では安いとは言われているものの、中国やASEAN各国との比較においては依然、高賃金国である。その日本がこの価格競争へ真正面から飛び込めば、利益率は下がり、研究開発投資は細り、賃金も上がらず、ブランドまで傷つく。それは相手に勝つ以前に、自らの産業基盤を削る戦い方である。
「日本は不利だなぁ」。そう思うだろう。しかし、だからと言って日本に勝ち目がないわけではない。むしろ筆者は逆だと考えている。価格競争とは別の競争軸に目を向ければ、日本には他国が簡単には手に入れられない、極めて強力な競争力の源泉が存在する。
それは工場の中にも、研究所の中にもない。決算書にもほとんど現れない。しかし、長い時間をかけてブランドを育み、利益を生み、世界中のユーザーからの信頼を支えてきた資産である。その正体について、これから順を追って説明していきたい。まず理解していただきたいのは、日本にはまだ勝ち筋があるということだ。その勝ち筋こそが、本稿のテーマである。
ブランドは時間で作られる
コスパだけが競争力だと考えるなら、日本の勝ち目は確かに薄い。だから日本は別の競争軸を持たなければならない。その競争軸こそがブランドである。ブランドというと広告やイメージ戦略を思い浮かべる人が多いが、それは最終的な訴求の段階に過ぎない。ブランドの正体は、長い年月をかけて積み重ねられた「信用」であり、人々の「記憶」であり、「歴史」である。
例えば1923年から100年以上にわたって積み重ねられてきたル・マン24時間レースの歴史を見るとよくわかる。世界中のメーカーが挑み続けてきたこのレースは、毎年のように勝者が変わる。そこでブランドを確立するために必要なのは勝利、ではない。挑戦し続けた歴史そのものだ。

象徴的なのがベントレーである。同社がル・マンで黄金時代を築いたのは1920年代から1930年代の話だ。それにもかかわらず、当時のル・マンを席巻したベントレーボーイズの伝説は、いまなおブランドの一部として生き続けている。現在ベントレーを買う顧客は、当時の8回の優勝記録を直接イメージして購入を決めるわけではない。それでも100年前の出来事がブランド価値として機能し続けているのである。その後、時代が下がっても、メルセデスベンツ、フェラーリ、ポルシェ、フォード、マツダ、アウディ、トヨタも同じ構造だ。ブランドとは広告で作るものではない。長い年月をかけて積み重ねられた実績や物語が、人々の心の中で熟成され、ブランドという無形の価値へと姿を変えるのである。

資金力さえあれば、工場は建てられる。設備も買える。技術者も採用できる。しかし100年の歴史だけは買えない。時間は、どれほど資本を投じても短縮することはできないのである。
筆者は、この時間によってしか築くことのできない競争力を「時間資産」と呼んでいる。そして、この競争軸に目を向けると、日本の景色は一変する。価格では後発国が追い上げてくる。しかし時間だけは追い付こうと思っても追い付けない。そこに日本の勝ち筋がある。では日本は、その時間資産をどれほど持っているのだろうか。
日本は世界有数の時間資産大国である
自動車は欧州で生まれ、米国で育った。そして欧米以外の国や地域で初めて本格的なモータリゼーションを実現したのが日本である。
戦後、日本はGHQによって解体された航空機産業から移ってきた技術者たちを中心に、自動車産業を急速に発展させ、高度経済成長と歩調を合わせるようにモータリゼーションによる社会を築き上げた。1960年前後から始まったその歴史は、すでに60年以上になる。
そして1980年代に入ると、日本車は激しい経済摩擦を乗り越えながら、世界市場で単に「安くて壊れないクルマ」ではなく、それぞれのブランドが固有の魅力を持つ存在として認識されるようになっていく。GT-R、ロードスター、ランサーエボリューション、インプレッサWRX、NSX、スープラ、シビックType R──いま世界中の愛好家が憧れ、レストアし、オークションで高値を付ける名車の多くは、この時代以降に生まれている。

こうした評価は一夜にして出来上がったものではない。何十年にもわたって乗り継がれ、語り継がれ、モータースポーツで活躍し、メディアで語られ、映画やゲームで活躍し、ショップで整備され、オーナー同士のコミュニティによって磨かれ続けてきた結果である。
つまり日本は、気がつけば世界でも有数の時間資産を持つ国になっていたのである。それはメーカーだけがつくったものではない。サプライヤーが部品を供給し、チューニングショップや町工場が技術を磨き、オーナーが身銭を切って愛車を維持し、ファンがその価値と物語を語り継ぐ。そのすべてが積み重なって初めてブランドになる。時間資産とは、単に古いクルマが存在することではない。そうしたエコシステム全体が長い年月をかけて育まれた結果なのである。
一方で筆者は、そのエコシステムが痩せ細っていく様子を30年以上見続けてきた。出版社時代から旧車の世界を取材してきた筆者にとっては、決して最近始まった話ではない。そしてこの時間資産が失われ始めていることこそ、中国の追い上げ以上にいま日本の自動車産業が直面している、最も深刻な問題なのである。
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