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政府答弁書を読む―政府が示した一般論は、斎藤知事の説明を補強した


はじめに

令和8年6月26日、参議院議員・石垣のりこ氏が提出した「公益通報者保護制度における三号通報者の探索行為に関する質問主意書」に対する政府答弁書が公表されました。

この答弁書をめぐっては、SNS上で

「改正前から通報者探索は禁止されていたことが明らかになった」

といった主張が広がっています。

しかし、この答弁書は令和7年改正公益通報者保護法に関する一般的な法解釈を示したものであり、兵庫県文書問題そのものの適法性を判断したものではありません。

もっとも、その一般的な法解釈は、兵庫県文書問題を考える上でも重要な判断枠組みを示しています。

特に重要なのが「六について」の答弁です。


六についてに示された本質

石垣のりこ議員の質問は以下の通りです。

事業者が、法令違反の有無及び内容を確認することを目的とした調査を実施した結果として三号通報者が判明することと、三号通報者を特定することを目的とした調査を実施することは区別されると理解してよいか示されたい。

これに対し政府は次のように述べています。

お尋ねの趣旨が必ずしも明らかではないが、消費者庁のホームページで公表しているとおり、「例えば、別の目的を掲げているのは表面上のみであり、実際には通報者探索目的で調査していたのであれば、「正当な理由」のない 通報者探索に該当し得る」と考えられ、他方、真に通報者探索を目的としない調査を行っていたところ、意図せず、結果的に通報者が判明してしまったというような場合には、一般論としては、「正当な理由」のない通報者探索には該当しないものと考えられる。

この一文は、今回の答弁書を読み解く上で特に重要な部分です。

ここで示されているのは、「結果」ではなく「目的」を基準とする考え方です。

すなわち、

・調査の過程で通報者が判明したという事
・その後に通報者と同一人物であることが判明したという結果

これらは、それだけでは直ちに違法性を基礎づけるものではない、という整理です。

重要なのは、あくまで「真に通報者探索を目的としない調査」であったかどうかです。


「結果」と「目的」は切り分けられる

この答弁が示している基本構造は単純です。

誤 結果ベースの誤解

  • 通報者が判明した

  • → だから通報者探索だった

  • → だから違法

正 政府答弁の整理

  • 通報者が判明した(結果)

  • しかし調査目的が別である場合もある

  • → その場合は「正当な理由のない探索」には当たらない

つまり、評価の軸は「結果」ではなく「目的」に置かれています。

これは公益通報者保護法の運用においても一貫した考え方です。


この整理が意味するもの

六についての答弁は、単なる一般論に見えますが、その意味は大きいです。

なぜなら、通報者探索という概念はしばしば結果論で語られがちだからです。

しかし政府はここで明確に、

結果として通報者が判明したことだけでは足りない

という立場を示しています。

これは、調査行為の適法性を判断する際に、

  • 外形的結果
    ではなく

  • 内在的目的

を重視する枠組みを採っていることを意味します。


兵庫県文書問題との関係

この一般論を踏まえると、議論の焦点は自ずと変わります。

問題となるのは、

  • 調査の結果として誰が特定されたか
    ではなく、

  • その調査が何を目的として行われたのか

という点です。

兵庫県の事案では、問題の出発点は誹謗中傷性の高い匿名文書でした。以後、この調査については、その作成者を特定するための調査であったと説明されてきました。

このとき重要なのは、その調査が

  • 公益通報者を探すためのものだったのか

  • それとも、誹謗中傷性の高い匿名文書の作成者を特定するためのものだったのか

という区別です。

この二つは同一ではありません。

そして、斎藤知事はこの調査について、誹謗中傷性の高い匿名文書の作成者を特定するための調査であった旨を、一貫して説明しています。


匿名文書と公益通報者は一致しない

ここで混同されがちな点を整理する必要があります。

公益通報者保護法が保護するのは「公益通報という行為」であって、「文書そのもの」ではありません。

同じ内容の文書であっても、

  • 内部通報として提出されれば公益通報となる

  • 市中に出回った文書として受け取られれば、それ自体は公益通報ではない

つまり、匿名文書の作成者と公益通報者は必ずしも一致しません。

したがって、

  • 匿名文書作成者を特定すること

  • 公益通報者を特定すること

は論理的に異なる概念です。


「探索」と評価されるかは一義的ではない

六についての答弁は、さらに重要な示唆を含んでいます。

それは、同じ調査行為であっても、

  • 通報者探索に該当するかどうかは一義的ではない

という点です。

結果として通報者が判明したとしても、それが直ちに違法な探索を意味するわけではありません。

この点は、通報制度運用において重要なバランスを示しています。

すなわち、

  • 通報者保護の必要性

  • 企業・行政の調査権限

の両立です。


他の答弁との関係

今回の答弁書では、他の箇所でも同様の構造が見られます。

政府は一貫して、

  • 「指針」による体制整備

  • 「法律」による明文化(改正後)

  • 「個別判断の必要性」

を区別して説明しています。

その中で「六について」は、特に実務的な判断基準を示した部分であり、

通報者が判明したという結果と、違法性評価は一致しない

という整理を明確にしています。


まとめ

今回の政府答弁から読み取れる要点は次のとおりです。

  • 第一に、通報者探索の適法性は「結果」ではなく「目的」によって判断される。

  • 第二に、調査の結果として通報者が判明したという事実だけでは、「正当な理由のない通報者探索」とは直ちに評価されない。

  • 第三に、匿名文書の作成者と公益通報者は一致するとは限らず、その区別は法的評価の前提となる。

  • そして第四に、兵庫県文書問題を検討する際にも、この「目的と結果の区別」は不可欠である。

今回の答弁書は、改正公益通報者保護法に関する一般的な法解釈を示したものですが、その中でも特に「結果ではなく目的をどう評価するか」という考え方は、兵庫県文書問題を検討する上でも重要な判断枠組みを示していると言えるでしょう。

そのうえで、当協会では、兵庫県文書問題全体を検討した結果として、斎藤知事及び兵庫県の対応は公益通報者保護法に違反したとは評価できないと考えています。その理由については、本記事では扱わなかった論点も含め、当協会の書籍及びnote記事で詳しく解説していますので、ぜひご参照ください。

【書籍】

【note記事】


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