公益通報の皮をかぶったクーデター 〜ある男の社内メモ〜(フィクション)
■ 序章:メモの始まり
俺は、あの若造社長に人生を潰された。前の社長は、俺が社内で自由にしていても、何も言ってこなかった。
むしろ、退職後の天下り先まで用意してくれていた。
いきなりあの若造社長がやってきて、俺の人生は暗転した。改革改革で、俺らが吸っていた甘い汁を全部奪いやがった。
俺は許せない。
だが、今ようやく“復讐”の方法を手に入れた。
社長を確実に辞めさせる方法を手に入れたんだ。
今日から、その計画の記録をここに残すことにする。
目的は明白だ。あの無能で傲慢な社長を辞めさせ、会社の「本当の再建」を成し遂げる。
その先頭に立つのは、もちろん俺だ。
クーデターだ。メンバーは揃っている。
「正義」は必ずしも清潔である必要はない。必要なのは、結果を出す覚悟だけだ。
■ 第一章:告発の種を蒔く
俺は、H社の人事部門に長年在籍していて、今は人事部長をやっている。
部内では「信頼されている」と思われていたかもしれないが、その実、俺は10年以上にわたり、複数の女性社員との関係を記録し続けてきた。
社用PCの中には、彼女たちとのやりとり、写真、日記─そのすべてが格納されている。
たとえ最初は拒否されていても、不倫関係であっても、1時間後に相手が同意の意思を見せたのなら、それも俺にとっては“恋愛”の一部だ。
写真は、社内システムからこっそり抜き取ったものもある。もちろん、アクセス権限は俺にある。人事とは、そういう職種だ。
「やりすぎ」だと? いや、違う。この程度で驚いていては、この計画の全貌には到底耐えられない。
■ 第二章:怪文書という導火線
俺は、翌月を「Xデイ」と定め、匿名の怪文書を準備した。
内容はこうだ。
社長が取引先と癒着している
社員Aは横領している
経理部長が裏で賭博している
社長は顧問税理士と不倫関係にある
……もちろん、ほとんどがデマだ。一部には、それっぽい真実も混ぜておく。たとえば「社長と税理士が週末の夜にホテルで一夜を過ごして不倫をした」という目撃談。これは完全な憶測だが、妙にリアリティがある。
いや、社長が金曜日の夜に美人の女性税理士と打ち合わせを入れているのは事実だ。その後に会食に行ったこともあるのは知っている。
ああ、あと社長がこの前ため息を付いたことや、机を軽く叩いたことも書いておこう。無能な社員のDが大失態をやらかして会社に大損害を与えた時に、社長がため息を付いて軽く机を叩いた。
まあ、普通はパワハラと呼ぶのは難しいような話だが、ため息を付いて机を叩いたという話を書けば、悪人のように見せられるだろう。
怪文書は、議員・マスコミ・取引先に匿名でばら撒いた。送信元はカフェのフリーWi-Fiを使ったので、誰にも辿られない……はずだった。
だが、俺は知っていた。社長は必ず“犯人”を突き止めようとする。
そして、間違いなく俺に行き着く。
それでいい。
■ 第三章:暴かれた真実、そして逆転
怪文書は取引先から流出し、社長の下に届いたようだ。
俺の想定通り、社長は激怒し、「怪文書の出所を突き止めろ」と社内に号令をかけた。
ここで計算外の事態が起きた。
怪文書に名指しで中傷されていたある若手社員が、自殺してしまったのだ。
彼は実直で、何の不正もしていなかった。だが、文書の中では「裏金を動かしている」「社長の手先」などと、根も葉もないことを書かれていた。
会社は混乱した。社長は記者会見で涙をこらえながら、「犯人を許さない」と語った。
その直後だった。
社内ネットワークの解析により、文書作成に使用されたPCが特定され、それが俺のものであることが判明した。
■ 第四章:公益通報という「盾」
翌々月、俺は社内の「公益通報窓口」に、新たな文書を提出した。
今回は完全に“公益通報”の形式を整えてある。
会計処理に不正がある
社長が経費を私的に流用している可能性がある
労務管理に法令違反の疑いがある
あくまで「内部通報」として提出し、身元も明かしてある。
ここで肝心なのは、最初の“怪文書”と、この“公益通報”が【同じ内容であるように見える】ことだ。
マスコミには「先月と同じ内容の文書が、今月は正式に公益通報された」と伝える。実際には全くの別物だが、どうせ世間にはバレない。なぜなら、「内部通報」は中身が公開されないからだ。通報したこと自体公開されない。
担当者以外は誰も知らないし、知ってはいけない。
ここで「公益通報者に報復した」と社長が非難されるようになれば、俺の計画は完成する。
■ 第五章:真実相当性という「呪文」
この文書を作るにあたって、俺は「真実相当性」という言葉を何度も反芻した。
つまり、「完全な嘘」であっても、一定の根拠があれば処罰されない可能性がある、それが法の穴だ。
たとえば、社長の「金曜夜の税理士との不倫」。これは事実かどうかはわからないが、「そう思っても仕方ない状況だった」と説明できればいい。
文書の一部に真実らしきことを混ぜることで、全体の信憑性も担保される。
俺はさらに、こう記した。
「この計画を実行するのは、社長を辞めさせるためだけではない。この環境に耐えながら働く社員を救うためでもある」
まるで正義の使者のような言葉だ。だが、これはただの保険だ。
「個人的な利益目的だけではない」と印象付けるためだけの、偽りの理念。
公益通報者保護法では、不正の目的は対象外とされているが、通報の主たる目的が不正の目的ではないと判断されればいいんだ。
■ 終章:皮肉な結末
俺は処分された。懲戒解雇と、損害賠償請求。だが、それでも俺にはひとつの“逃げ道”が残されている。
「俺は公益通報者だった」と名乗り、社長が犯人探しをしたことを逆手にとって、公益通報者保護法に基づいた“報復”であると訴える。法的には、その主張が成立する余地もある。
たとえ俺の最初の怪文書がデマだったとしても。たとえ一人の社員が命を絶ったとしても。この国の法律は、“通報者”を守る構造になっているのだ。
俺の作戦は、失敗ではなかった。これは、ある意味で“成功”だったと言えるのかもしれない─少なくとも、法制度が歪んでいる限りは。
そして今、俺は「内部告発者」として報道番組に出演し、拍手喝采を浴びている。
あとがき
この物語はフィクションです。
しかし、似たような事件が現実に起きたとしたら─あなたは、それを正義と呼べるでしょうか?
公益通報者保護制度は、本当に“弱い者”を守っているのでしょうか?
それとも……利用されているだけなのでしょうか?
是非ご自身で考えてみてください。
