ロシアの南下政策
ロシアの南下政策とは、年間を通して凍結しない「不凍港」や温暖な領土を求めて、ロシアが南方の地域へ勢力を拡大しようとした一連の対外政策のことである。
◼️主な目的
・不凍港の獲得
北方に位置するロシアの港は冬に凍結するため、海洋進出や貿易に不利だった。
そのため、一年中、船が使える温かい港を切望していた。
・経済・大義名分
農産物の輸出や市場の拡大、さらにギリシア正教の保護やスラヴ系民族の支援といった宗教的・民族的な大義名分も背景にある。
◼️主な方向と展開
・黒海・バルカン半島方面
18世紀のピョートル大帝やエカチェリーナ2世の時代から始まり、オスマン帝国と争って黒海進出を果たした。
のちにバルカン半島への影響力を強め、ヨーロッパ列強(特にイギリス)と激しく対立した。
・中央アジア方面
19世紀後半、クリミア戦争の敗北などを経て中央アジアのハン国を征服し、領土を広げた。
・極東(東アジア)方面
満州や朝鮮半島への進出を狙ってきたが、日清戦争や日露戦争において日本の抵抗やイギリス・アメリカの警戒に遭い、阻まれた。
このロシアの南下政策の動きは19世紀の国際関係において多くの対立や戦争を引き起こす大きな要因となった。
参照元: 「Wikipedia」、「世界史の窓」Webサイト
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