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【夕焼けという心の避難所】赤く染まる雲に身をゆだねて

夕方に身をゆだねる。


この言葉を声に出してみると、なぜか胸の奥が少しやわらぐ。
日々の営みのなかで忘れがちな「時間の流れ」が、そこには確かにある。
赤く染まる雲を見て、思いを馳せ、考えをめぐらせる。
そんな時間が、私は好きだ。

だが現実には、最近はほとんどそれができない。
夕方という時間帯は、もっとも世俗に引き戻される。
仕事の終わり、介護の手配、家事の開始。
目の前のやるべきことに押し流され、空を見上げる余裕すら消えてしまう。


けれど、条件が揃ったとき 奇跡のような心の旅路が開かれる。


天候、時間、そして場所。
私の家の近くには小高い丘があり、そこから街並みが一望できる。
晴れた日には小さな姿ながらも富士山を望むことができる。

そのすべてが夕焼けに赤く染まる瞬間。
沈みゆく太陽が街を溶かし、雲を燃やし、
「今ここにしかない風景」を描き出す。
その光景の中でしか得られないものが、確かにある。


夕焼けは、洗浄装置だ。


日々の疲れを洗い流し、ストレスを中和し、迷いを静めてくれる。
仕事に行き詰まったときも、介護で心が摩耗したときも、
夕暮れの空は、何も言わずに受け止めてくれる。

そこに言葉はいらない。
「ただ染まる」という自然の営みが、
人間の小さな葛藤をも静かに飲み込んでくれるのだ。
私にとって「家キャン」と共に今の心をリセットさせる大事な儀式だ。


かつて夕暮れには、音があった。


「5時のチャイム」や、街に流れるメロディー。
今では耳にすることも少なくなったが、
あの音と共に訪れる夕焼けには、格別の情緒があった。

子どもの頃なら「もう帰らなきゃ」と思うし、
大人になった今なら「一日が終わるのだ」と感じる。
いずれにせよ、あの音は人と空をつなぐ合図だった。


赤く染まった流れる雲、沈む太陽。


それは、人生の折り返しを迎えた中年の心に、より強く響く。
若い頃には「ただの景色」として過ぎていた夕焼けも、
年齢を重ねると「明日へ続く慰め」へと変わっていく。

それは後悔や迷いを肯定してくれる時間であり、
「今日までを生きた自分」を認めるひとときでもある。


夕焼けは、心の避難所だ。


社会の速度に追われる日常の中で、
ほんの数分でも足を止め、空を見上げる。
それだけで、見えない疲れがすっと薄れていく。

私にとっての夕焼けは、
「明日も歩けるようにするための儀式」であり、
都市に生きる者に残された数少ない“心の洗浄”なのだ。

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