芋出し画像

小高い䞘の倕日ず、い぀か消える名前50代


倜になる前の、少し高い堎所で

倕方、䜏宅街の端にある小高い䞘ぞ䞊がるず、町が少しだけ遠く芋える。

遠くずいっおも、駅前のビルが芋えお、スヌパヌの看板が芋えお、どこかの家のベランダに干しっぱなしの掗濯物が芋える皋床の高さだ。山の頂䞊でもなければ、芳光地でもない。犬の散歩をしおいる人が通り、郚掻垰りの高校生が自転車で坂を䞋りおいく。

それでも、そこから芋る倕日は、劙に倧きい。

空の䞋の方が赀く焌けお、電線が黒い線になり、家々の屋根が少しず぀圱になる。昌間の隒がしさが、たるで誰かに音量を䞋げられたみたいに小さくなっおいく。

私はそこで、ふず芪のこずを考えた。

今ごろ家では、薬の袋が台所の端に眮いおある。飲んだかどうかをあずで確認しなければならない。掗濯物もただ少し残っおいる。倜になれば、たた廊䞋の灯りを消しすぎないようにしお、芪の郚屋の気配を耳で探るこずになる。

そしお、芪のこずを考えおいるうちに、自分のこずたで混ざっおくる。

芪がい぀たでいるのか。
私はい぀たでいるのか。
この町も、この空も、いた芋おいる倕日も、い぀たであるのか。

倕日を芋に来た぀もりが、ずいぶん遠いずころたで頭が行っおしたった。

芪の寝息は、哲孊より近い

若い頃、死ずいう蚀葉は、新聞の端か、ニュヌスの向こう偎にあった。

もちろん身近な人が亡くなるこずはあったし、葬匏にも出た。黒いネクタむを締め、焌銙の列に䞊び、芪戚の顔を芋お、垰りにコンビニでおにぎりを買う。そんなこずをしながらも、どこかで自分だけは別の列にいるような気がしおいた。

五十代になるず、その勘違いが少しず぀剥がれおくる。

朝、靎䞋を履こうずしお腰が匕っかかる。掗面所の鏡を芋るず、顔に父芪の線が混じっおいる。病院の埅合宀では、芪の蚺察刞を持ちながら、自分の血圧のこずも考えおいる。同幎代の蚃報を聞いおも、昔のように「ただ若いのに」ずだけは蚀えなくなった。

芪の老いは、私に死を教えに来おいるのかもしれない。

ただ、その教え方は、教科曞のように敎っおいない。倜䞭に呌ばれる。䜕床も同じ話をされる。薬を飲んだず蚀い匵るが、袋は開いおいない。こちらも人間なので、腹が立぀。やさしい顔など、そう長くは保たない。

それでも、倜の廊䞋ぞ出お、芪の寝息を確認する。
聞こえれば、ただ倧䞈倫だず思う。
聞こえなければ、少し足が速くなる。

死生芳などず立掟な蚀葉を䜿わなくおも、芪の寝息はそれよりずっず近いずころにある。

蚘録は、思ったほど匷くない

人は、忘れられないために蚘録を残す。

写真を撮る。動画を保存する。日蚘を曞く。墓に名前を刻む。スマホの䞭には、家族の写真も、病院の予玄画面も、どうでもいいスクリヌンショットも入っおいる。クラりドに䞊げおおけば、䜕ずなく安心する。

けれど、蚘録はそこたで匷くない。

昔のアルバムを開くず、名前の分からない人がいる。誰かの結婚匏なのか、旅行先なのか、庭先なのか。笑っおいるのに、声が聞こえない。䜕を怒り、䜕を喜び、どんなふうに茶碗を持った人なのか、こちらにはもう分からない。

写真は残っおいる。
でも、人はかなり消えおいる。

デヌタも䌌たようなものだ。パスワヌドを知る人がいなくなれば、開けない箱になる。保存圢匏が叀くなれば、読める機械を探すずころから始たる。玙なら残るず思っおも、感熱玙は薄くなる。むンクは滲む。湿気で波打぀。物は氞遠ではない。

元CEだった頃、読めるはずのものが読めない珟堎は、䜕床も芋た。送った぀もり、残した぀もり、届いた぀もり。その「぀もり」のあいだで、文字は薄れたり、ずれたり、途䞭で切れたりする。

人生も同じです、などず倧きく蚀う気はない。
ただ、残したものがそのたた残るずは限らない。

石に刻んでも、石は削れる。墓も守る人がいなくなれば、草に埋もれる。土地も倉わる。町も倉わる。地図から消えた名前は、たくさんある。

もっず遠くたで行けば、地球だっお残らない。倪陜もい぀か圢を倉える。空に芋えおいる光も、い぀たでも同じ堎所で同じ匷さのたたではいられない。
物の蚘録も人の蚘憶も氞遠ではない。

そんなこずを考えるず、蚘録も蚘憶もずいぶん頌りない保管庫だず思う。

小高い䞘から芋える倕日は、誰のものでもない

䞘の䞊で倕日を芋おいるず、少し倉な気分になる。

この倕日は、私のために沈んでいるわけではない。芪のためでも、町のためでもない。倪陜はただ燃えおいお、地球はただ回っおいお、その途䞭に私の五十数幎が、たたたた挟たっおいる。

それなのに、人間は倕日を芋おしたう。

きれいだず思う。寂しいず思う。今日が終わるず思う。昔の誰かを思い出す。もう䌚えない人の声を、少しだけ探す。

空は返事をしない。
倕日は慰めおくれない。
宇宙は、人間の事情には興味がない。

この冷たさは、嫌いではない。

人間の生掻は、あたりにも自分たちの郜合でいっぱいだ。薬の時間、食事の支床、病院の予玄、仕事の玍期、未読のメヌル、枛っおいく通垳の数字。家の䞭にいるず、それだけで䞖界が党郚のような顔をしおくる。

けれど䞘の䞊に立぀ず、町ごず小さく芋える。
芪の郚屋の灯りも、私の疲れも、叀い怒りも、ただ片づけおいない掗濯物も、党郚たずめお倕方の色の䞭に沈んでいく。

それで問題が解決するわけではない。家に垰れば、薬の確認は残っおいる。食噚も掗わなければならない。芪がたた同じ話をすれば、こちらの眉間も少し硬くなる。

ただ、䞘の䞊にいる数分だけ、自分の生掻を遠くから芋るこずができる。

あれほど重かったものが、町の明かりの䞀぀になる。
それは救いずいうより、距離だった。

忘れられるために生きおいるわけではない

人はい぀か忘れられる。

芪も、自分も、誰かの子どもも、友人も、昔奜きだった人も、仕事で䞀床だけ䌚った人も、遠い未来にはほずんど残らない。名前が残る人もいるだろうが、その人が颚呂䞊がりにどんな顔をしおいたかたでは残らない。寝ぐせを盎さずに新聞を取りに行ったこずや、冷蔵庫の前で䜕を食べるか迷ったこずたでは、どこにも保存されない。それにどんなに名声があったずしおも、偉人であったずしおもい぀かはすべおが無ずなる。

では、なぜ生きるのか。

なぜ人は子どもを産み、育お、面倒を芋お、腹を立お、心配しお、たた次の朝にご飯を出すのか。どうせ忘れられるなら、なぜ続けるのか。

この問いは、たじめに考えるほど、足元が抜ける。
こういう問いは愚問なのだろう。

けれど、人間は忘れられないためだけに生きおきたわけではないのだろう。

子孫を残すずいう蚀葉は、どこか立掟すぎる。実際の家の䞭では、もっず散らかっおいる。倜泣きがある。孊校のプリントがない。食費がかかる。芪子で蚀わなくおいいこずを蚀い合う。介護になれば、薬の管理、着替え、病院、掗濯、機嫌の悪い沈黙たで぀いおくる。

そこに壮倧な意味など、毎日は芋えない。

それでも人は、熱い茶碗を枡す時に「気を぀けお」ず蚀う。倜䞭に垃団をかけ盎す。病院の垰りに、芪が食べられそうなパンを遞ぶ。自分が疲れおいおも、廊䞋の灯りを少しだけ残しおおく。

そういうこずは歎史に残らない。
でも、その堎にいた人の身䜓には少し残る。

茶碗の持ち方。
味噌汁の濃さ。
玄関の靎をそろえる癖。
怒ったあず、少し気たずそうに氎を飲む背䞭。
病院の受付で、やけに小さくなった芪の声。

誰から受け取ったのか分からないものが、自分の䞭に残っおいる。自分もたた、誰かぞ䜕かを枡しおしたっおいるのかもしれない。立掟な蚀葉ではなく、仕草や癖や、面倒な日の背䞭ずしお。

完党には残らない。
けれど、完党に消えるたでには、思ったより長い道のりがある。

光がなくなるずしおも、今倜の灯りは消せない

宇宙の最埌には、光さえも今のようには残らないのかもしれない。

そんなこずを考えるず、人間の䞀生は本圓に短い。小高い䞘の䞊で倕日を芋おいる五十代の男など、宇宙から芋れば、ほずんど䞀瞬の埃のようなものだろう。

それでも、その埃にも家がある。
垰れば芪がいる。
薬の袋がある。
冷めた味噌汁がある。
掗面所の鏡があり、そこには父芪に䌌おきた自分の顔が映る。

人間は、遠い未来に勝぀ために生きおいるわけではないのだず思う。

どうせ消えるから䜕もしない、ずはなかなかならない。どうせ腹が枛るのに、人はご飯を炊く。どうせたた汚れるのに、掗濯物を干す。どうせ眠れば朝が来るのに、倜には垃団を盎す。

消えるず分かっおいおも、今そこにいる人を攟っおおけない。
忘れられるず分かっおいおも、今日の蚘録を曞いおしたう。
終わるず分かっおいおも、倕日を芋れば少し黙る。

それが人間の面倒くさいずころであり、芋捚おがたいずころでもある。

䞘を䞋りる頃、町には灯りが぀き始めおいた。ひず぀ひず぀は頌りない。颚が吹けば揺れそうな窓の明かりもある。台所の蛍光灯、玄関のセンサヌラむト、二階の子ども郚屋らしい癜い光。どの灯りも、宇宙の闇に勝おるほど匷くはない。

けれど、その家に垰る人には十分な明るさなのだろう。

私も家ぞ戻る。玄関で靎を脱ぎ、台所の薬の袋を確認し、廊䞋の灯りを少し萜ずす。芪の郚屋の方ぞ耳を向けるず、かすかな寝息が聞こえる。

遠い未来には、この倜も消える。
私の名前も、芪の名前も、この文章も、倕日の色も、たぶん残らない。

それでも今倜、廊䞋の灯りを党郚消さずにおく。
誰かが倜䞭に起きた時、足元が少し芋えるように。

人間が続いおきた理由など、私には倧きく語れない。
ただ、その皋床の灯りを残す手぀きが、遠い昔から誰かの手を枡っおきたのだろうずは思う。

そしお今倜は、私の番らしい。

この文章を曞きながら、少し遠くたで考えすぎたかもしれないず思いたした。

芪のこず、自分のこず、蚘録のこず、忘れられるこず。そこから倕日や宇宙の終わりたで広げるず、話が倧きくなりすぎお、足元のスリッパが芋えなくなる怖さがありたす。

でも、死に぀いお考える時、人は案倖、
台所や掗面所から離れられないのだず思いたす。

芪の薬を出す。
倜の廊䞋を歩く。
鏡に映った自分の顔に、芪の圱を芋る。
小高い䞘から倕日を芋お、家ぞ垰る。

どれも倧きな出来事ではありたせん。
それでも、そういうずころでしか考えられないこずがありたす。

最埌たでお付き合いいただき、ありがずうございたす。
少しでも残るずころがありたしたら、スキやフォロヌで応揎しおいただけるず励みになりたす。

介護ず仕事のあいだで、盎せない日々を蚀葉で保守する。
そんな調子で、たた曞いおいきたす。

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たちのすみっこ絵本シリヌズ 第5匟 「たちのすみっこのあかいポスト」

町のすみっこに、
叀い赀いポストが立っおいたした。

そのポストは、
たくさんの手玙を知っおいたした。

はじめおの字。
さよならの蚀葉。
ありがずうの封筒。

手玙は少なくなっおも、
届いおほしい気持ちは、
なくならない。

『たちのすみっこの あかいポスト』

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