見出し画像

介護の朝は突然に…|父の機嫌まで背負うのが介護なのか、と思う日がある【50代】


家の空気を壊さずに一日を終えた。50代になると、それが十分な成果になっていく。


体調より先に、機嫌を読む

父の体調を気にするだけでも、以前よりずいぶん神経を使うようになった。

今日は食べられているか。尿はちゃんと出ているか。顔色はどうか。いつもより元気がなければ、それだけで少し緊張する。最近は、そこへもう一つ加わった。

父の機嫌である。

体調が悪くならないかを気にしながら、不機嫌にもならないように立ち回る。言葉の選び方ひとつで空気が変わることもあるから、顔つきや返事の仕方まで何となく見るようになった。今日は大丈夫そうだなと思う日もあれば、朝の一言で「ああ、今日は危ないな」とわかる日もある。

もはや介護というより、付き人に近いのではないかと思うことがある。

父が何を考えているかを先に読んで、嫌がりそうなことは言い方を変える。何か頼む時も、そのまま言えば機嫌を損ねそうなら少し遠回りして話を持っていく。一挙手一投足というほど大げさではないつもりだが、実際にはかなり見ている。

それを毎日続けていれば、神経もそれなりに擦り減る。ストレスだって、そりゃ増える。


じゃあ、誰がやるのかという問いへ戻る

でも今の家の中を見渡すと、「じゃあ誰がやるのか」というところへ戻ってくる。

母は認知症だ。娘も自分のことで精いっぱいの時期にいる。妻も体調の悪い日が続いている。私だって高血圧の薬を飲んでいるし、夜もまともに眠れないことがある。それでも、この家の中でいちばん動けるのは今のところ私だ。

なら、やるしかない。

疲れているかどうかを確認してから介護をするわけではない。朝になれば朝の用事が始まるし、何か起きれば身体は勝手にそちらへ向かう。最近は、多少の疲れなら「まあ、気のせいだろう」くらいに扱っている。本当に気のせいではないのだろうが、そのくらいでちょうどいい。


採血の場所を決めるだけで、数日かかった

先日、父の血液検査をどこでやるかという話になった。

選択肢は二つあった。以前から通っている大学病院へ行くか、今来てもらっている訪問医療で採血してもらうか。今の父を主に診ているのは訪問医療の先生なので、私も担当医も、そちらでやる方が自然だと考えていた。必要な検査項目も共有しやすいし、何より父を大学病院まで連れて行く負担がない。

ただ、父の気持ちは大学病院にあった。

「大学病院でやりたい」とは、はっきり言わないのである。話を聞いていくと、どうも大学病院とのつながりを残しておきたい気持ちがあるらしい。それに、大学病院には父が以前から気に入っている採血の人がいる。父いわく「採血の名人のおばちゃん」だ。その人なら安心できる。逆に、訪問医療で採血する人については「あの人はあまりうまくない」という印象を持っている。

これはあくまで父の感覚だ。だが介護では、その「本人の感覚」がなかなか侮れない。こちらから見れば合理的でも、本人が納得していなければ話は進まない。しかも父は、自分の希望を全部言葉にしてくれるタイプではない。そこをこちらが察しないと、いつの間にか不機嫌モードに入っている。

今回も、最初から「訪問医療でやるよ」と決めてしまえば簡単だった。ただ、それをやれば父の中には不満だけが残る。では大学病院へ行くのかといえば、こちらとしては身体への負担も気になる。


条件の悪い現場をどう回すか

そこで数日かけた。

父の話を聞きながら、大学病院へ行きたい理由を少しずつ拾う。その気持ちは否定せず、「そうだよね」と一度受ける。そのうえで、今は訪問医療の先生が中心になって診ていること、必要な検査もその先生が考えていること、家で採血できれば身体への負担も少ないことを少しずつ話した。一度に全部言えば、おそらく逆効果だった。

看護師さんにも協力してもらった。こちらだけが説得する形にせず、周りからも自然に話してもらう。父の気持ちを大学病院から無理やり引き剥がすのではなく、「今回はこっちでもいいか」と本人が思えるところまで待つ。

数日かかったが、最終的には訪問医療で採血することで納得してくれた。
いや、本心の底では多分納得ではないと思う。
それでも仕方がないといった所か。

終わった時、かなり疲れた。

採血する場所を決めただけである。たったそれだけのことで、ここまで神経を使う。介護をしていない頃の私なら、きっと想像もしなかったと思う。


17年間の癖が、介護の現場でも出る

だがその時、妙な感覚があった。

うまくいった時、ちょっとだけ達成感があるのだ。

難しい条件がいくつもあって、そのままでは進まない。相手の性格を見て、言葉を変え、順番を変え、周りにも協力してもらう。最後に何とか収まると、「よし、今回はこれでいけた」と思う自分がいる。

17年間、FAX修理の現場にいた癖なのかもしれない。

機械の故障でも、教科書通りに直るものばかりではなかった。症状を見て、音を聞き、過去の故障を思い出して、ここかな、いや違うなと探っていく。介護と機械修理を一緒にするつもりはない。人間は機械よりずっと複雑だし、直すなんてこともできない。それでも「条件の悪い現場ほど、どうやって回すか考える」というところだけは、昔からあまり変わっていないらしい。


困難の数え方が、変わってきた

少し前まで、私は介護の大変さばかりを数えていたように思う。

もちろん今でも大変だ。父の機嫌が悪くなれば、家の空気まで重たくなる。母の認知症にも手を焼く。娘のことも妻の体調も気になる。その中心で自分が神経を使っていると、なんでこんなことまでと思う日もある。

だが、困ったことが起きるたびに、こちらも少しずつ変わってきた。

正面から言って駄目なら、言い方を変える。今日うまくいかなければ、明日は違うやり方を試す。一人で駄目なら、看護師さんや訪問介護の人にも力を借りる。以前ならただ腹を立てていた場面で、「さて、これはどうしたら回るだろう」と考えている自分がいる。

これが成長なのか、介護に慣れすぎただけなのかは分からない。


50代の達成感は、地味な場所にある

困難を楽しんでいる、なんて書いたら少し変かもしれない。実際、できることなら困難などない方がいい。父には穏やかでいてほしいし、母の認知症だって進まない方がいい。妻には元気でいてほしいし、娘には自分のことだけを考えて過ごしてほしい。私だって、朝から誰かの顔色を読まずにぼんやりしていたい。

それでも今は、そういう毎日ではない。

ならその中で少しでもうまく回った日くらい、「今日はよくやった」と思ってもいいのだろう。

大きな勝利ではない。誰かに褒められることでもない。父が納得して採血の場所を決めただけ。それでも、その一つを無事に終えたことに、妙なやり切った感が残った。

50代になると、若い頃とは違うところで達成感を感じるようになるものなのかもしれない。仕事で大きな成果を出したとか、何かを手に入れたとか、そういう話ではない。

家の空気を壊さずに一日を終えた。病院の予定をひとつまとめた。母を怒らせずにデイサービスへ送り出せた。妻が少し休めた。

そんなものが、最近の私には十分な成果になっている。


今日も、父の顔から一日が始まる

今朝も父の顔を見る。

今日は機嫌がいいのか。それとも、何か引っかかっているのか。たぶん私はまた、そこから一日を組み立てていく。

正直、神経はかなり使う。でも、とりあえず今日も身体は動く。なら今日のところはそれでいく。

明日のことは、明日の父の顔を見てから考えればいい。

👇おすすめ

いいなと思ったら応援しよう!

EX-FAX-CE|ロスジェネ氷河期的視点 応援が励みとなり、継続の力となります。 ロスジェネ氷河期第一世代に光と応援をお願い致します。

この記事が参加している募集