上場廃止、3年連続で最多。上場は「続けて当然」の資格ではなく、毎年選び直す経営判断に
上場廃止という言葉の意味が、この3年で変わった。かつては経営破綻とほぼ同義だったが、今年の東証の上場廃止128社の顔ぶれは違う。業績が堅調なまま、ファンドと組んで自ら出て行く企業がいる。3年連続で過去最多を更新した数字の中心にいるのは、追い込まれた企業ではなく、上場の損得を計算し直した企業だ。上場は「続けて当然」の資格ではなく、毎年選び直す経営判断に変わった。彼らは何を計算したのか。
前提の整理─上場維持基準と2030年の引き上げ
まず、続ける側に課される条件を整理しておく。東証の上場維持基準は市場ごとに水準が決まっている。プライムは流通株式時価総額100億円以上と流通株式比率35%以上、スタンダードは10億円以上と25%以上、グロースは5億円以上と25%以上で、グロースには上場10年経過後の時価総額40億円以上が加わる。ほかに株主数や売買代金の基準もある。満たせなくなると原則1年の改善期間に入り、戻せなければ約半年で上場廃止となる。
このうちグロースの時価総額基準は、2030年3月以降「上場5年経過後に100億円以上」へ変わる。現在のグロース約600社のうち100億円以上は約3割で、約400社が現時点では新基準に届いていない。適合を目指す計画を開示すれば計画期間中は上場を続けられるが、経過措置の実績では3年を超える計画を出した企業の株価は下落傾向にあった。
基準そのものは以上である。本題は、この基準を満たせる企業までが出て行く理由の方だ。
非公開化は逃げ道ではなく、体力の要る戦略になった
かつての非公開化には、株価が下がった局面で安く自社を買い戻す、という逃げ道の側面が確かにあった。東証が2025年7月に規程を改正したのは、まさにそこに一般株主との利益相反があったからだ。MBOや支配株主による完全子会社化を行う会社は、社外取締役らで構成する特別委員会から「取引が一般株主にとって公正である」との意見を入手して開示し、株式価値算定については前提とした財務予測や期間設定の考え方まで開示する。特別委員会は会社と買収者の仲裁役ではなく、一般株主の利益を図る立場に立つ。
この改正で、低い価格の説明が通らなくなった。算定の前提まで表に出る以上、薄いプレミアムの提案は委員会で止まり、通ってもアクティビストに引き上げ要求の根拠を与える。株価が下がるほど買収総額は下がるが、公正と認められるためのプレミアム率は上がる。株価低迷を非公開化の好機と読む計算は、もう成り立たない。それでもなお、堅調な企業が相応の対価を払って出て行く。ここに、経営者が読み取るべき変化がある。
彼らが対価を払って買っているのは、端的に言えば経営の時間軸である。人手不足への対応、賃上げ原資の確保、不採算事業の整理、システムへの先行投資。いま多くの経営者が抱える課題は、四半期ごとに成果を説明できる種類のものではない。上場を続ける限り、この種の打ち手は株価への影響を測りながら小刻みに出すしかなく、経営陣の時間の相当部分が市場への説明に割かれる。非公開化はこの制約を外し、数年単位の改革に資金と経営の注意を集中させる手段になる。
もう一つの変化は、組む相手の側にある。ファンドは単なる資金の出し手ではなくなった。ソラストのMBOを主導したMBKパートナーズは、介護のツクイやHITOWAをすでに傘下に持ち、人手不足と物価高に直面する業界の再編を進めている。ファンドと組む非公開化は、単独での市場退出ではなく、資本と再編の知見を取り込んで業界の変化に参加する選択になりつつある。
だからこそ、この戦略には体力が要る。相応のプレミアムを払える財務。一般株主への説明を担う特別委員会と向き合える統治体制。大株主と事前に設計を詰められる関係。そして、ファンドを引き付けるだけの事業の力。どれも、基準に追われ株価が沈んでからでは手に入らない。非公開化を選べるのは、皮肉なことに、上場を続ける力のある企業である。
ソラストの900億円が示す、選んで出る側の設計
その設計の実例がソラストだ。東証プライム上場で医療事務受託・介護・保育を展開する同社は、MBKパートナーズと組んだMBOでTOB価格を直前の株価より約20%高い1株1119円に設定し、成立させた。株式の35.07%を持つ筆頭株主の大東建託が、応募せず成立後に売却する設計へ事前に合意していたことが、この取引を支えた。買収総額は計算上900億円程度になる。パソコン製造販売のMCJでも、米ベインキャピタルによるTOBが成立した。
ここから取れる相場観は三つある。開示に耐えて通るプレミアムは20%前後が一つの目安になること。大株主の合意を先に固められるかが成立の確度を分けること。そしてプライム上場でも900億円で買収が成立すること、つまりファンドの資金から見て、大半の上場企業が対象になりうる規模だということだ。
上場を続けないと決める場合の判断基準
出ると決めてよいのは、次の三つが揃う場合だ。
第一に、上場の便益が細っている。直近5年で公募増資や社債発行など上場を前提とした調達をしておらず、今後3年で使う計画もない。知名度と取引上の信用はすでに確保しており、調達手段としての上場に払うコストを説明できなくなっている。
第二に、上場のままではできない改革がある。人員構成の組み替え、不採算事業の整理、先行投資の積み増しなど、市場への説明と両立しにくい打ち手を先送りしている。ソラストが900億円で買ったのは、まさにこの時間である。
第三に、実行の条件が揃う。大株主と話ができる関係にあり、資金の出し手がいて、時価総額に20%前後のプレミアムを乗せた総額を支えられる設計が描ける。この三つ目は自社の意思だけでは決まらないからこそ、検討は交渉力のあるうちに始める必要がある。
上場を続けると決める場合の判断基準
続けると決めるなら、その判断を毎年数字で更新する。
第一に、維持基準との距離を常に知っておく。流通株式時価総額・流通株式比率・売買代金は、事業年度末の判定を待たず四半期ごとに自社で測れる。下回りそうなときに1年で効く打ち手(売出しによる流通株式比率の引き上げ、時価総額に効く資本政策)まで特定しておく。
第二に、上場の便益を数字で言えるようにする。今後3年の調達計画、上場が効いている採用・取引・信用の実績。これが言えないなら、続けるという判断は慣性でしかない。
第三に、買われる側の計算を自分でやっておく。時価総額にプレミアムを乗せ、現預金を差し引いた「自社の買収に必要な金額」を役員会が把握する。PBRが低く現預金が厚いほどこの金額は小さくなり、ファンドから見た着手のハードルは下がる。計算していなければ、その数字は買い手だけが知っている。
まとめ
上場を続けるかどうかは、もう感覚や慣性で決められる問いではなくなった。続けるにせよ出るにせよ、判断の材料は維持基準との距離、上場の便益、そして自社の買収に必要な金額という同じ数字である。ソラストは自分で計算し、20%のプレミアムを自分の条件として引き出した。計算を怠ったまま上場を続ける会社は、気づかないうちに買収の候補として値踏みされていく。
筆者について
現在、私は社外アドバイザーとして、エンジニア・マーケター・経営の「3つの言語」を翻訳しながら、企業の意思決定インフラの構築を支援しています。アドバイザーという立場でありながらも、共に責任を負う「戦友」として現場に伴走するのが私のスタイルです。組織内の解釈のズレやパートナー選定など、経営における「意思決定の隔たり」を解消したい方は、ぜひお気軽にお声がけください。https://contentmetrics.co.jp/
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