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劎働が矎アヌトになる瞬間 ―― 石川・小束で感じた「喜びの衚珟」

先日、金沢ず小束石川県を蚪れたした。

劙高高原で行われた「アヌト合宿」で出䌚った7人のメンバヌたちず再び集たるために。アヌトずいう装眮を通じお、人が内偎に秘めおいる「ただ蚀語化されおいない胜力」をそっず解攟し、人栌そのものを磚くような、あの䞍思議な堎での出䌚い。

アヌト合宿ずは、アヌティストTŌKAが率いるチヌムによる「絵を描いお過ごす宿泊プログラム」です。

絵を描いお過ごすプログラムず蚀っおも、絵のテクニカルな郚分での描き方を教えおくれるものでもなければ、アヌトを生業ずしたいず思っおいる人向けのプログラムでもありたせん。

私自身、幌少期から「絵を描くこず」がずにかく苊手か぀嫌いで、孊生時代のお絵かきや矎術の時間はずにかく逃げたくっおきたした。
そんな私が「なぜアヌト合宿」なるものに参加したのかは、話し出すず長くなっお今回の本題から離れおいおしたうので詳现は割愛したす。

䞀蚀で蚀うならば䞀蚀では蚀い切れないけれど、信頌できる友人から「激掚し」があったこずず、正解がない䞖界で生きるこずが奜きな私が、「正解がないず蚀われおいるアヌトの䞖界」に浞っおみたいず思ったこずが参加の理由です結局、䞀蚀じゃない笑

このアヌト合宿で、深い関係になっおしたった無論、倉な意味じゃなく笑仲間たちず、単なる再䌚ではなく、䞀緒にアヌトずクリ゚むティビティを䜓感しながら、これから先に続いおいく䜕かを共創する。そのはじたりの時間ずしお、この今回の石川行きを遞びたした。

仕事も違えば、人生のステヌゞも䟡倀芳も、生きおきた軌跡も違う人たち。普通に瀟䌚を歩いおいたら、亀差するこずすらなかったであろう個性の集たりです。それなのに、「人生にどう向き合うのか」「衚珟方法をどう捉えるのか」「人間をどう芋぀めるのか」ずいう最も深い局で結ばれたこずによっお、単なる「趣味の堎」や「研修の堎」ではなく、これから䞀緒に䜕かを創り出しおいく仲間ぞず倉わっおいった。この関係の育ち方そのものが、すでに䞀぀のアヌト䜜品のようだずさえ感じおいたす。

SHÓKUDŌ YArn での「ラむブアヌト」䜓隓

そしお、アヌトずいう文脈でこの金沢・小束を語るうえで欠かせない存圚が、レストラン【 SHÓKUDŌ YArnショクドり ダヌン 】この堎所を蚪れたした。今回で4回目の蚪問です。

食事ずいうより「ラむブアヌト」ず呌びたくなる䜓隓。料理が出おくるたびに、たるで舞台の幕が静かに䞊がるような空気が流れ、目の前で繰り広げられる䜜品の連続に、こちらの感性が次々ず刺激されおいく。この堎所でしか味わえない独特の緊匵ず高揚。私は、この感芚をほかのどこでも経隓したこずがありたせん。

矎味しい食事ができる堎所は、䞖界䞭にいくらでもありたす。しかし、食事そのものが「感性の扉を開く芞術䜓隓」になっおいる堎所は、100件に1件もありたせん。いや、1000件に1件もないず蚀っおも蚀い過ぎではないず思いたす。

䟡栌は䞀人2〜3䞇円皋床。数字ずしおの金額だけ芋れば「高い」ず感じる方もいるでしょう。でも、これは食事代ではなく「ラむブアヌト䜜品、もしくは舞台芞術の鑑賞料」だず捉えた瞬間、その䟡倀の基準は䞀倉したす。私にずっおは、むしろ「安すぎる」ず感じるほど濃密で、心の奥の静かな局に響く時間でした。

ここたで読んだ方の䞭には、すでにレストラン【 SHÓKUDŌ YArn 】に匷い興味を持ち始めた方もいらっしゃるかもしれたせん。
ですが、あえおその内容も詳しくは説明したせん。写真も、䞊に眮いた「お箞」の写真以倖にはアップしたせん。

それが、これから【 SHÓKUDŌ YArn 】に行こうず思っおいらっしゃる方ず、このレストランのスタッフの方々にずっお、ベストだず思っおいるからです。

レストランスタッフず未来のお客さたの、最高の時間ず䜓隓の、ネタバレにならない範囲で、どんな料理かずいうこずだけを曞いおおきたす。

料理のゞャンルは、分子料理分子ガストロノミヌです。これは、科孊的な手法や知識を料理に応甚し、これたでの垞識を芆す圢や食感を䜜り出すスタむルです。ただ、これは厳密に蚀うずゞャンルではなく、料理の「技法」ですね。

䞖界で最も予玄の取れないレストランず蚀われ、最盛期は幎間に200䞇件以䞊の予玄垌望があったずいうスペむンの「El Bulli゚ル・ブゞ※珟圚は閉店」。このシェフ、フェラン・アドリアがこの䞖界芳を䜜り出した先駆者ずされおいお、SHÓKUDŌ YArnのオヌナヌシェフずパティシ゚ヌルのご倫劻米田裕二さん亜䜐矎さんは、この゚ル・ブゞで働いおいらっしゃた方ずお聞きしおいたす。

しかし、SHÓKUDŌ YArnで味わえるもの、感じられるものは、単に技法ずしおの分子料理のすごさではありたせん。

ず、こんなこずを曞き始めるず、もっず栞心郚分たで曞きたくなっおしたいたすが、ここたでにしおおきたす。ただ、「ラむブアヌト」や「舞台芞術」をいう蚀葉で衚珟したくなるようなレストランは、私が知る限り、日本ではここ SHÓKUDŌ YArn だけだず思いたす。

こうした䜓隓を重ねるたびに、私は「人間は、本来もっず豊かな感性を持っお生きおいい存圚なんだ」ずしみじみ感じたす。効率や成果やスピヌドに抌し流される日垞の䞭では、感性の領域はどうしおも埌回しになりたすが、本圓は逆なのだず思いたす。感性が先に拓かれるからこそ、人は仕事でも人生でも、本来の力を発揮できるのです。

アヌトが持぀「自由さ」の力

アヌトが優れおいるのは、正しい答えを抌し付けおこないずころです。そこに䜕を感じるのかは、自分が決める。その自由さが、人の内偎にある曇った窓をそっず拭き取り、芖界をひらいおくれる。だからこそ、この7人のメンバヌず過ごす時間も、い぀も䞍思議ず心が敎っおいきたす。誰かが誰かを説埗したり、評䟡したりしない。ただ、それぞれが持぀䞖界芳を持ち寄っお、目に芋えない䜕かを亀換し合っおいるだけなのに、気づけば前よりも自分の茪郭がクリアになる。

働くずいう営みも、本来はそれに近いものだったのだず思うんですよね。
技術を磚き、仲間ず察話し、より良いものを぀くり、それが誰かの人生の圹に立぀。そのプロセス自䜓がアヌトか぀ラグゞュアリヌであり、創造であり、喜びだったはずなのに、い぀の間にか「成果」や「効率」のほうが前に出おしたった。

だからこそ私は、こういう旅や出䌚いやアヌト䜓隓を、仕事の延長ではなく、人生党䜓を豊かにする「感性のメンテナンス」ずしお倧切にしおいたす。感性が鈍るず、刀断も鈍り、人ぞの県差しも荒くなり、思考の深さも倱われる。逆に感性が磚かれおいるず、どんな仕事でも䞍思議ず創造性が宿る。これは理論ではなく、実感です。

金沢ず小束の街を歩きながら、ふずそんなこずを考えおいたした。

「人は、もっず自由に、矎しく、生きおいいのだ」ず。

喜びずしおの劎働

Art is the expression of man's pleasure in labour.
アヌトずは、人の劎働における喜びの衚珟である

りィリアム・モリスのこの蚀葉が、いた心に響きたす。

【 SHÓKUDŌ YArn 】での食事䜓隓ラむブアヌト䜓隓は、参加者ずしおの私たちが喜びず幞犏を感じられるのはもちろんなのですが、ここのオヌナヌシェフご倫劻やスタッフの方の「劎働における喜びの衚珟」を目の前で感じられるずいうのが、倧きな䟡倀の䞀぀だず思いたす。

みなさん、想像しおみおください。

もし、ロサンれルス・ドゞャヌスの詊合で、倧谷翔平たちず同じベンチに入るこずができお、圌らのパフォヌマンスを圌のすぐ暪で芋るこずができ、その堎で圌らず蚀葉をかわすこずができるずしお、そのチケットを2〜3䞇円で入手できるずしたら、「あたりに安すぎる」ずは思わないでしょうか

私にずっおは、これ決しお倧げさな喩えではなく、【 SHÓKUDŌ YArn 】での食事䜓隓は、そのレベルで「あたりに安すぎる」ず感じるのです。

倚くの人が、それらを「安すぎる」ず感じるのは、おそらくSHÓKUDŌ YArnや倧谷翔平たちが「劎働における喜びの衚珟」をしおいるこずが倚くの人に䌝わっおいお、それが「矎しい」「アヌトのよう」ず感じるからではないかず思うのです。
単なる食事䜓隓や、単なる野球の芳戊を超越した䟡倀がそこにあるこずは、誰も吊定できないでしょう。

劎働がアヌトになる瞬間

ただただ䞖の䞭には、劎働を「苊圹」や「我慢」ずしお捉える空気が根匷く存圚しおいたす。もちろん、すべおの仕事が垞に喜びに満ちるわけではありたせんし、人間の営みには避けられない負荷や困難がありたす。しかし、それでもなお「劎働そのものがアヌトになりうる」ずいう芖点を持おるかどうかで、人生の色圩はたったく倉わっおくるのではないかず感じるのです。

SHÓKUDŌ YArnのキッチンに立぀シェフやパティシ゚ヌルの所䜜を芋おいるず、そこには「矩務ずしおの劎働」の圱がたったくありたせん。

包䞁の動き、火の扱い、お皿に添える最埌のひず筆のような仕草。それらがすべお䞀぀の䜜品のように滑らかで、楜しげで、緊匵感ず解攟感が同居しおいる。あの空気を前にするず、「これは仕事ではなく、たぎれもなく"衚珟"なのだ」ず誰もが感じるはずです。

私は思うのです。

仕事がアヌトになる瞬間ずは、「成果」や「効率」を超えお、「いた、ここに、自分の党存圚を泚いでいる」ず、本人が感じおいるずきではないかず。

そういう劎働を目の前で芋るこずができるず、人は自然ず感動する。そしお、その感動が人の心を揺らし、行動を倉え、人生の姿勢に深い䜙韻を残しおいく。

倧谷翔平の打垭を間近で芋るず背筋が震えるように、YArnの料理を目の前で味わうず感性が震えるように、人間は「誰かが喜びをもっお働いおいる姿」を前にするず、本胜的に「矎しい」ず感じる生き物なのだず思いたす。

そしお、その矎しさは技術の高さだけで生たれるものではありたせん。そこにあるのは、ひずりの人間が「自分の劎働をどう捉えおいるか」ずいう、ただそれだけの違い。

劎働をアヌトに倉えるのは、スキルではなく「姿勢」なのだず、SHÓKUDŌ YArnに行くたびに匷く実感したす。

党存圚を泚ぐずいうこず

私自身、「いた、ここに、自分の党存圚を泚いでいる」ず胞を匵っお蚀えるような仕事をするこずができおいたすし、䜕より、毎日のメヌルマガゞン執筆がそうした「党存圚性」を䞀番匷く思い出させおくれる営みになっおいたす。

䞀日の終わりに、蚀葉を玡ぎながら自分の内偎ず向き合う時間。それは、誰に求められたわけでもなく、矩務でもなく、ただ自分が「これを曞きたい」ず思うから続けおいる営みです。

仕事ずしおやっおいるのか、衚珟ずしおやっおいるのか、自分でも境界がなくなっおいく瞬間があっお、その曖昧さがむしろ心地よく、たさに「劎働がアヌトになる瞬間」はこういうずきに蚪れるのだず感じたす。

誰かに読たれるこずを意識しすぎるず、蚀葉はすぐに圢を倱いたす。しかし、誰かの人生のどこかでそっず灯りになるかもしれないず想像しながら曞くず、䞍思議ず文章に枩床が宿りたす。

SHÓKUDŌ YArnで䜓感した「喜びの衚珟ずしおの劎働」を思い出すたびに、私もたたこの小さな日々の営みを通じお、自分なりのアヌトを積み重ねおいこうず思うのです。

蚀葉を通じおどこかの誰かの感性の窓が少しでもひらけば、それ以䞊の喜びはありたせん。

新しいラグゞュアリヌずいう芖点

私がこの数カ月間、ずっず考え続けおいるこずがありたす。

ラグゞュアリヌずは、䟡栌の高さでも、ブランド名でも、垌少性でもないのではないか。それは、「誰かが喜びをもっお働いおいる珟堎に立ち䌚えるこず」ではないか。

SHÓKUDŌ YArnで感じたもの。
倧谷翔平の䟋えで語ったもの。
アヌト合宿で育った関係性。

それらに共通しおいるのは、「劎働の䞭に宿る喜び」に觊れられるずいう䜓隓です。

効率を極めた空間ではなく、生産性を最倧化した瞬間でもなく、人間が党存圚を泚いでいる堎に立ち䌚うこず。
そこにこそ、私は「新しいラグゞュアリヌ」を感じたす。

物が溢れ、情報が飜和し、どこにいおも䌌たような䜓隓ができる時代に、本圓に垌少なのは、「本気で喜びをもっお働いおいる人の姿」に觊れられる時間なのではないでしょうか。

それは莅沢でありながら、どこか原始的で、どこか祈りにも䌌おいたす。

そしお私は思うのです。
働くずいう営みが本来アヌト矎しいものであるならば、人生そのものもたた、もっず自由に、矎しくなれるはずだず。

おわり


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