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2020年のフィリピン・アンヘレス(レトロゲーム風)

2020年2月。僕はフィリピンのアンヘレスという街にいました。
CIPという英語学校に滞在し、授業を受けました。

いわゆる語学留学ですが、事情により1週間の「ド短期」滞在となりました。

この時の写真を懐かしく見ていたら、せっかくなのでnoteの記事にしようと思いました。

ただ、もう6年経過しています。
そのままの情報としては、あまり参考にならない気もして。

というわけで、少し遊び心を加えて、レトロゲーム風のイラストにして掲載したいと思います。
なんとなく、ちょっと昔の風景の気がするでしょ?

往路の飛行機に乗り込んだときの、機内の写真です。
セブパシフィックというLCCで、成田からクラーク国際空港に直行できました。

たまたまマスク姿の人が写っていましたが、まだそこまでコロナ禍が騒がれていなかった頃です。

もう少し時期がズレていたら、フィリピンには行けてなかっただろうなと思います。

クラーク国際空港に到着した時にはすでに夕方で、すぐに日が暮れました。
学校までの道がとても暗くて、異国情緒がありました。

滞在したのは、CIP(Clark Institute of the Philippines)という学校でした。

この写真は、2階にあった自室(2人相部屋)から見下ろしたプールです。
他にもいろんな施設がありましたが、新しくはないけどよく清掃されていてきれいな学校でした。

フィリピンに行ってみたいと思ったのは、「バイリンガールちか」さんの動画を見たのがきっかけでした。
夫のおさるさんがセブ島に留学されていて、すごく良さそうだったのです。

なので僕も最初は同じフィリピンでもセブ島の学校を希望してました。

残念ながら空きがなく、このCIPの空き部屋に滑り込んだのでした。

初日の夜には、ジープニーという乗り物でNEPO(ネポ)モールという所に連れて行ってもらいました。

中規模のモールですが、ここで生活に必要なものを買いそろえたり、授業料を支払うための両替えが行えました。

このNEPOモールは学校から近いので、滞在中何度か足を運びました。

印象的だったのはスーパーのレジのおばちゃんでした。
混んでいて長い列ができているのに、楽しそうにニコニコして、歌を口ずさみながらレジを打っていました。

ぜんぜん、憎めないんです。フィリピンのこんな感じの人たち。

モール内の、何とも言えない甘い香りが漂っているのも、気に入りました。

授業はマン・ツー・マンが中心で、とてもハードでした。
先生によっては宿題もたくさん出てきましたし。

写真は校内にある自習室です。自分の部屋が相部屋だったこともあって、よく利用しました。
あまり他の生徒さんはいなくて、ほぼ貸し切り状態でした。

そして、とても涼しかった。

写真はフィリピンの有名なファストフードチェーンである「ジョリビー」で撮ったものです。

最初の3日間ぐらい、なかなか学校での生活は楽しめませんでした。
来た意味あるんかな?という疑問を感じながら過ごしました。

その後、4日目ぐらいに突然、積極的に活動できるようになりました。
学校からは自由に出られるので、放課後にトライシクルという乗り物を拾って1人でNEPOモールに行きました。

解放感を感じました。

先の写真は、そんな時に寄ったジョリビーでの夕食でした。

店員さんにスパイシーな方ですか?と聞かれて「スパイシーじゃない方を」とお願いしたのだけど、スパイシーな方が出てきました。
伝えられてなかったんだろうなぁ。

でも、この時間は文句なしで楽しかったです。

学校を卒業する日は、未明から大雨でした。
ベッドの中で聞く雨の音が災害レベルでした。

これは移動が大変だぞ、と心配な気持ちで目覚めました。

でも、朝になると晴れていて、水たまりもみるみる消えて行きました。
トタン屋根みたいなのが爆音を出していただけで、もしかしたら大した雨じゃなかったのかも。

この日は親しくしてくれていた先生が、いろいろ周辺を案内してくださいました。
ロザリオ教会という建物の近くの、先生曰く「めったに開いていない」という博物館にも入れました。

先生のご実家にも立ち寄ることができました。

至れり尽くせりで、なぜここまでもてなしてくれるのか分からないぐらいでした。本当にありがたかったです。

おまけに巨大なライスケーキもくれました。

いやこれは荷物になるなぁ、どうしましょ(笑)という感じでしたけど、その行動もすごく愛らしい先生でした。

最終日は一般のホテルに宿泊しました。

チェックインが終わって落ち着いたら、その周辺を散策しました。
Youtubeで見てた風景がそこにありました。

有名な歓楽街である「WALKING STREET」なども歩いてみました。

あちこちに子供たちもたくさんいて、活気がありました。
失礼かもしれないけど、僕が子供の頃の「昭和の日本」ってこんなだったよな、という光景がそこにありました。

その時はマスクをして歩いていましたが、
マスクの中で「楽しい!おもしろすぎる!」という声が何度も出ていました。


帰国後、僕は転職して新しい会社での生活が始まりました。

またフィリピンに行きたい!という思いは抱きつつ、まずはしっかりと仕事を頑張ろうと思いました。

あれから6年。その間にコロナ禍がありました。

なので、ここに紹介した光景とはまた異なる姿になっているんだろうなと思います。

あの明るくて親切な人たちと、そしてなにより羨ましいほどの若いエネルギーで、きっともっと素晴らしい場所になっていると思いたいです。

今日は素敵な1週間のことを思い出しながら、楽しく記事を書くことができました。

ちなみに僕の英語力については、聞かないでください🫣 ……でも、またいつか習いに行けると良いな。


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