徳島大学ドライアイス酸欠死亡事故から考える研究の安全
痛ましい事故が起こった。
徳島大学大学院薬学研究科附属施設の低温培養室で特別研究学生が倒れて死亡した。この事故はドライアイスの取り扱いが原因で生じた酸素欠乏の疑いが強いと報じられている。
研究棟は設備点検のため停電しており、温度を保つためにドライアイスが持ち込まれた。密閉された低温室は外気との換気が難しく、二酸化炭素が滞留した結果、学生は酸素欠乏症に陥ったとみられる。
このような事故は決して偶然の不幸ではなく、過去にも同種の事例が繰り返されてきた。ドライアイスは固体二酸化炭素であり昇華すると体積が約750倍に膨張する。その気体は無色無臭で、空気よりも重いため低い場所に滞留しやすい。適切な換気を怠れば空間内の二酸化炭素濃度が急上昇し、酸素が希薄化して窒息を招く。
乾氷による事故は世界各地で報告されている。例えば米ワシントン州では、アイスクリーム販売業者が運転する車内にいた女性2人が意識不明になり、そのうち77歳の母親が窒息死した。
クーラーボックスのドライアイスから漏れた二酸化炭素が換気の悪い車内に滞留し、酸素濃度が低下したという。
上記記事によれば、米国疾病対策センターは2004年の事例も報告しており、ハリケーンに備えて大量のドライアイスを紙袋に入れて運んでいた男性が車内で呼吸困難に陥ったが、妻がドアを開けたことで救出された。
こうした事件は、密閉された空間で二酸化炭素が蓄積しやすいこと、少量でも短時間で酸素欠乏状態に陥る危険があることを示している。
日本国内でも労働災害としてドライアイスによる酸欠事故が記録されている。
厚生労働省の労働災害事例データベースには、工場で機械の回転軸を冷却するためのドライアイスをワゴン車で搬送中に死亡したケースが掲載されている。
被災者は休日に車で300kgのドライアイスを荷室に積み、窓を閉めたまま走行したため、気化した二酸化炭素が車内に充満し、発見された時には酸素欠乏による窒息状態だったという。
報告書では、荷室と運転席を分離した換気可能な車両を使用することや、ドライアイスの取り扱い方法に関する作業標準の制定、関係者への安全教育などが対策として示されている。
また別の事例では、冷凍運搬車の扉を閉めたまま庫内にドライアイスを散布したため、扉が開かなくなり内部の作業者が酸素欠乏で意識を失いかけたという災害が報告されている。
このケースでは扉が内側から開放できない構造であったこと、ドライアイス使用時の酸欠危険についての認識や教育が不足していたことが原因とされ、内部から開けられる扉の採用や特別教育の実施などが提案されている。
さらに、ドライアイスによる窒息事故は葬儀の現場でも起きている。
消費者庁は棺内のドライアイスによる二酸化炭素中毒に注意を呼びかけ、棺の小窓から遺体を覗き込んでいた遺族が意識を失う事故が複数発生したと報告している。
棺のような密閉空間では短時間で二酸化炭素濃度が致死レベルに達することが再現実験で確認されており、遺族や葬儀社に対して長時間顔を近づけないことや換気を行うことなどが勧告されている。
これらの事例は、ドライアイスが身近な存在でありながら取り扱いを誤ると生命を脅かす危険物質であることを浮き彫りにしている。
徳島大学の事故に話を戻すと、研究室での安全管理と責任の所在について考える必要がある。
今回の低温培養室では停電対策としてドライアイスを置いたが、室内が狭く換気が十分でない場合、二酸化炭素が滞留して酸欠状態になるリスクは容易に予想できる。
徳島大学が定めている安全マニュアルでは、実験中に異常や危険を感じた場合には直ちに操作を停止し、教職員に報告することや、各種機器・薬品・ガスの取り扱いについて取扱マニュアルを熟知することが求められている。
記載を見てみよう。
高圧ガス・液化ガス等の安全(第9章)では、液体窒素や液体ヘリウム、ドライアイスなどの低温・液化・固化ガスは「凍傷や酸欠を起こすことがある」と明示し、大量に使用する場合は換気設備や酸素濃度計の設置・二人以上での作業を求めている。保護手袋・保護メガネなどの着用、容器への充填はゆっくり行い密閉しないこと、容器は涼しく換気の良い場所に保管し直射日光や衝撃を避けることなど、具体的な注意事項が列挙されている。
にもかかわらず、停電時の緊急対応としてドライアイスを大量に設置する際に、酸素濃度の監視や換気対策がなされていたのか疑問が残る。研究生自身が危険を認識しなかった可能性もあるが、研究環境や安全教育を提供する大学側の責任は免れないだろう。
亡くなられたのが「特別研究学生」だったというのも大きいかもしれない。
徳島大学が定める「特別研究学生規則」では、特別研究学生として入学できる者を「他の大学院又は外国の大学院等の学生」と規定している。
特別研究学生は徳島大学の正規学生ではなく、他大学・他機関の学生が協定に基づいて徳島大学で研究指導を受ける制度だ。そういう意味で、施設やルールに不慣れであったことが事故の遠因になった可能性がある。
事故の原因究明のための調査が非常に重要になる。
多くの事故が組織的な問題と個人的な行動の複合であることを認識しなければならない。前述の労働災害の例では、作業標準の欠如や危険に関する教育不足が事故を誘発していた。
徳島大学の事故では、停電時の温度管理に伴うリスクを予見し、適切な手順を策定していなかった管理側の責任は否定できない。ただ、責任の所在を見つけるための事故調査ではなく、原因究明のための事故調査が重要なことは言うまでもない。そのあたりはこのnoteでも繰り返し述べてきた。
今回の事故を教訓に、より安全な環境が作られることを心より願う。それが亡くなられた学生さんへの何よりの供養になるだろう。
亡くなられた学生さんのご冥福を心よりお祈りする。
この文章はここで大体完結しているが、以下若干の追記をする。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
