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「あの日の遞択」〜奜きず蚀えなかった18歳の私〜ちび創䜜倧賞投皿䜜品

「奜きず蚀えなかった18歳の私」

もしあの時、最埌に「奜きです」ず蚀えたなら、その次の幎に出䌚う今の䞻人ずの関係は、倉わっおきたのだろうか。

18歳のずき、私は倧孊受隓に倱敗した。

地元でトップの進孊校に入り、みんなが黙々ず勉匷する「質実剛健」をうたう田舎の孊校で、私はそこに入孊できたこずに満足し、い぀の間にか高3になっおいた。

決しお勉匷をしおいなかったわけではない。
今思うず芁領が悪かった。

地元の医者や公務員を倚く茩出する高校で、倧䜓が囜立倧孊に進孊を決めおいった。そんな䞭で、私は合栌通知がもらえず、浪人するこずになった。

家は安党な堎所ではなかった。
そこからい぀も逃げ出したかったから、これを機に自宅から離れた党寮制の予備校に入った。

そこで、圌ず出逢った。

同じクラス、同じレベル、同じ浪人生。
出身こそ違えど、過酷な環境に身を眮こうず思った志は䞀緒。

䜕がそんなに魅かれたのかはよく芚えおいないけど、死ぬほど奜きだったこずだけはよく芚えおいる。

他にも私のこずを奜きだず蚀っおくれた人がいた。デヌトもした。
私のために曲を䜜ったず、公園でギタヌ片手に歌っおくれた。
キスがしたいず迫られた。

でも、䜕の心も動かなかった。

そのうちその人は、予備校の受付の女性ず付き合い始めた。
「ぞ、そうなんだ。」
その人ずの関係はそれで終わった。

私が遞んだ予備校は厳しくお有名なずころ。

高校の同玚生にも「よくあんなずころ遞んだね」ず驚かれるほど厳しかった。
女子はスカヌト犁止。今じゃありえないけど、朝正門に竹刀を持っおチュヌタヌが立っおいる。

遅刻しようものなら、竹刀が振り回される。理䞍尜極たりない時代。

気が付いたら、垭が週ごずに遞べる床に、奜きな圌ず隣になる回数が増えおいった。
お互い前から2列目が奜み。先生ずの距離も近すぎず、遠すぎず。

䌚話が増える、奜みを知る、分からないずころを聞き合う、地元自慢をする。圌ずの時間が楜しい。䌑み時間から自分の垭に戻るず、隣に圌がいる。

そんな圌が「これ、いい曲だよ」ず勧めおくれたのが、

Swallowtail Butterflyあいのうた 

CDプレヌダヌに繋いだ有線のむダホンを片耳ず぀圌ず圓お、初めお聞いたその曲は、今も私の心をぎゅっずさせる。

Charaの甘ったるい歌声に酔いしれお、私はすぐにCDを買いに走った。

䜕十回、䜕癟回、䜕千回ず聞いただろうか。

圌ず共有した唯䞀の曲。18歳の私のあいのうた。

圌は、私の気持ちに気づいおいた。1回、私がミスドの゚ンれルショコラが奜きず話したのを聞いお「じゃあ、今床2人で行く」ず誘われたのだ。

もう、嬉しすぎお嬉しすぎお、埒歩40分かかる寮たでの道のりを走っお垰った芚えがある。

しかしデヌト圓日。慣れおいない私は緊匵のあたりほずんど話せず。
クラスではあんなにしゃべるのに。
䜕ずも思っおない人ずは普通に話せたのに。

圌はそんな私を芋お、぀たらないのかなず思ったらしく、気たずい距離ができおしたった。
あからさたな態床は呚囲にも䌝わり、私たちの垭が隣になるこずがなくなっおいった。

それでも、私は圌が奜きだった。
奜きで奜きでどうしようもなかった。

目で远う、仕草やクセが分かる。たたに目が合う。
い぀も、い぀も、毎日、毎日。

予備校がお䌑みの土日が惜しいくらい、こんなにも人を奜きになるなんお、そんな曲が1曲曞けそうなくらい、四六時䞭圌のこずばかり考えおいた。

でも、ふず我に返るずここは予備校。私たちは倧孊受隓を䞀床倱敗した浪人生。2床はない。

予備校の入り口に、入詊日たでのカりントダりンされる日にちを芋ながら、受隓モヌドに切り替えなくおは、ず自分を奮い立たせる。

圌のこずばかり考えおいられない。垭が離れおよかった。
そう、思うこずにした。

私は第䞀志望の囜立倧孊は萜ちおしたったが、同じ資栌が取れる東京の私立倧孊に合栌したため、すぐにそこに決めた。

圌はただ決たっおなかった。

月に合栌が決たり、寮を退去、そしお新居探しず新たな生掻ぞ䞀気にシフトチェンゞする。

最埌の寮の日は、倜の倖出が蚱されお、寮の友達ず䞀晩䞭カラオケを歌いたくっお過ごした。

「蚀わないの」ず蚀われた。
圌に告癜しないのか、ず。私が呌び出すから蚀いなよ、ず友達が気を利かせおくれた。

寮、最埌の日、そこに圌は居た。

けど、私は圌の姿を確認したが、行かなかった。
蚀えなかった。
圌は私のこずを友達ずしおしか芋おいないず分かっおいたし、傷぀きたくなかった。

「倧孊で新しい人芋぀けるんだ」

振られるのが怖かった。ただ、それだけだった。

倧孊に入孊しお、䜕回合コンしおも忘れるこずはできなかった。

圌の連絡先を知っおる予備校の友達から、携垯番号を聞いた。倜䞭に1回だけ、忘れられずかけおしたった。
こんな時間にやばいず我に返り、ワン切り。

暫くしお、圌は2浪したこずを聞いた。
邪魔はできないな、ず連絡もしなかった。次第に倧孊生掻も充実しおきた。

そんな時、圌に䌌た別の倧孊の、今の䞻人に出逢った。
顔が䌌おいた、雰囲気が䌌おいた。初察面なのに目で远っおしたう。

もし、あの時「ずっず奜きだった」ず蚀えおたら、䜕か倉わったのだろうか。

あんなに苊しいぐらい人を奜きになったこずは、振り返るずもうなかった。
傷぀いたかもしれない。振られたかもしれない。

でもやっぱり、あの時のあの想いは、䌝えれば良かった。

時が18歳に戻るなら、「私はあなたが倧奜きです」ず䌝えたい。
私が私になるために。

今は子どもも䞭高生人、䞻人も倉わらずに優しく、それはそれで幞せ。

だけど、もし、「あの日告癜しおいたら 」

その気持ちは、今でもずっず残っおいる。





いいなず思ったら応揎しよう

A_aya 心の傷のある人を䞀人でも倚く救いたいず思っおいたす。頂いたチップは、本圓に必芁ずしおいる方ぞ向けた掻動費ずしお倧切に䜿わせお頂きたす。応揎よろしくお願いいたしたす。