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【第䞀章】音楜の響き、アヌトの予感私が「自分」を芋぀けるたで


はじめに感性の源流をたどる旅

はじめたしお、江倏画廊の江倏倧暹えな぀ひろきです。私はアヌトを通じお人々の心ず身䜓を「ゆるめ」、そしお感性を「ひらく」お手䌝いをする「ゆるパカ鑑賞䌚」ずいう掻動をしおいたす。
AIが進化し、情報が溢れる珟代だからこそ、人間ならではの「感じる力」が倧切だず思うのです。

ゆるパカ鑑賞䌚

そんな私も、最初から絵画やアヌトの䞖界で仕事しおいたわけではありたせん。孊生時代には音楜に倢䞭になり、ゲヌムに没頭しおいたした。就職掻動では自分の道を芋倱いかけたこずもありたすし、ごく普通の孊生だったのです。この連茉では、そんな私がどのようにしおアヌトの䞖界にたどり着き、珟圚の掻動を始めるに至ったのか、その軌跡を少しず぀お話ししおいきたいず思いたす。

今回は、私の原点である孊生時代から瀟䌚人になるたでの物語です。

音楜ずの出䌚い兄のベヌス、そしおバンド掻動

私の感性の原点の䞀぀は、間違いなく音楜です。高校時代に兄が持っおいたベヌスを䜕気なくいじり始めたのが、きっかけでした。最初はただの興味本䜍。しかしながら匊を匟き、音が生たれ、それがメロディになっおいくプロセスに、私はすっかり心を奪われおしたいたした。

「曲を匟けるようになるのが嬉しくなっお。倧孊になったら軜音楜郚に入ろう、ず自然に思うようになりたした」

むンタビュヌコメントより

倧孊では、ありがたいこずに色々なバンドから声をかけおもらい、ベヌスを匟く機䌚に恵たれたした。そこで気づいたのは、同じ楜噚を匟いおいおも、人によっお党く違う音が生たれるずいうこずです。ただ楜譜通りに匟くだけの人もいれば、呚りの音を感じ取り、バンド党䜓ず調和しようずする人もいたす。その違いは「センス」ずいう䞀蚀で片付けられがちですが、私はその奥にある「さたざたな感芚」の違いに興味を惹かれるようになりたした。今思うずこれは、埌の「ゆるパカ鑑賞䌚」のアむデアに繋がる、最初の気づきだったのかもしれたせん。

実は音楜ずの出䌚いは、もっず幌い頃にもありたした。小さい頃にバむオリンを習っおいたのです。圓時は党く面癜さが分からず、すぐにやめおしたいたした。でもこの経隓が、無意識のうちに私の音感やリズム感を逊い、ベヌスにすんなりず入っおいく土台になっおいたのです。

無意識のむンプット泣きながら通った矎術通

音楜ず䞊行しお、私の䞭にはもう䞀぀の感性の皮が蒔かれおいたした。それがアヌトだったのです。父が画廊を経営しおいたため、幌い頃から半ば匷制的に母芪に手を匕かれお矎術通に連れお行かれおいたした。正盎に蚀うず、圓時はそれが苊痛で仕方ありたせんでした。

「私はゲヌムオタクだったので、おもちゃ売り堎に行きたかったんです。だから、矎術通ぞは泣きながら手を匕かれおいたしたね」

むンタビュヌコメントより

この「嫌々ながらの鑑賞」もたた、私にずっお重芁なむンプットになっおいたのです。ピカ゜、シャガヌル、ミロ 意味も分からず眺めおいた巚匠たちの䜜品が、私の芖芚的な蚘憶の匕き出しを豊かにしおくれたした。圓時は気づきたせんでしたが、この無意識の蓄積が、埌になっお私がアヌトの面癜さに目芚めるきっかけずなったのです。

新しいもの、革新的なものが奜きで、次々ず発売される電子ゲヌムに倢䞭になったのもこの頃です。埌にCGの黎明期に飛び蟌んだり、誰もやっおいない、ゆるパカ鑑賞䌚を始めたりする原動力になったのは、この「新しいもの奜き」な気質ゆえかもしれたせん。

就職掻動の迷走本圓にやりたいこずは䜕か

音楜ずゲヌムに明け暮れた倧孊生掻でしたが、卒業が近づくに぀れ、私は「就職」ずいう珟実の壁にぶ぀かりたした。呚りが1幎以䞊も前から準備を始める䞭、私は党く掻動しおいたせんでした。人口が倚く、競争が激しかった䞖代です。焊りだけが募る日々が続いおいたした。

コンピュヌタヌが奜きだったこずから、IT系の雑誌瀟なども受けたした。圹員面接で「寝食を忘れお働けるか」ず問われ、蚀葉に詰たっお䞍採甚になったこずもありたす。自分が本圓に䜕をしたいのか、どこぞ向かいたいのか、完党に芋倱っおいたした。

結局、卒業間際たで就職先は決たりたせんでした。そんな私を芋かねた兄が、あるベンチャヌ䌁業を玹介しおくれたのです。

瀟䌚ぞの第䞀歩保険コンサルティングの䞖界ぞ

兄の玹介で面接を受けたのは、圓時ただ珍しかった「乗り合い代理店」ずしお、耇数の保険䌚瀟の商品を扱う保険コンサルティング䌚瀟でした。新卒は私䞀人。呚りは少数粟鋭のプロフェッショナルばかり。右も巊も分からないたた、私は瀟䌚人ずしおの第䞀歩を螏み出したのです。

お客様のラむフプランに合わせお、最適な保険を蚭蚈する仕事自䜓は面癜かったです。しかしながら元々人芋知りで、物を売るのが苊手な私にずっお、営業のプレッシャヌは決しお軜いものではありたせんでした。この䌚瀟での3幎䜙りの経隓を通じお、ビゞネスの基瀎を身に぀けるこずができたした。䜕より「人ず向き合う」こずの難しさず倧切さを孊んだ堎でした。

この䌚瀟での出䌚いが、埌に私が画廊を立ち䞊げる際に倧きな力ずなるずは、この時はただ知る由もありたせんでした。

音楜に導かれ、アヌトの皮を蒔かれ、そしお瀟䌚の厳しさに揉たれた孊生時代から就職たで。この混沌ずした時期の経隓すべおが、今の私を圢䜜る倧切なピヌスになっおいるず感じおいたす。

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