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乗り越え癖のせいで生きづらかったんだなぁと気付いた

生きづらさに悩んだことはない。でもそれは生きづらかった自分に背中を向けてきただけだったんだとようやく気付いた。この歳で。人の感情には敏感なくせに、自分の感情には嘘ばっかりついてきた気がしている。いや、それは違う。もっと考えを改めて前向きに。そんな類の言葉ばかり自分にかけてきた。

家の中に常に何かしらの困難が存在していたからか、気付けば目の前に壁があったらとにかく乗り越えたくなってしょうがないという性分に仕上がっていた。くよくよウジウジしながらも、ありとあらゆる自分が苦手と思うものにもチャレンジし続けてしまうというジレンマ。

本当は気が合わないクラスのリーダー的女子と仲良くしてみたり。好きでもない人と付き合ってみるのはあるあるとしても。明らかにノリが合わない飲み会やカラオケにも友達が行きたがったら自分も行きたいふりをしてついて行った。飛び込んでみなければ見えない景色があると信じていたから、自分を変えたかった私は苦手を克服することしか考えてなかった。何もせずに指をくわえて周りを見てるだけなのは嫌だった。

どんな人にも良いところはあるはずだから見方や接し方を変えれば仲良くなれるかも。そしてどんな出来事にも起こることには理由があるから乗り越えたらまた強くなれるはず。はぁ今日も疲れたな・・ダメダメだったな・・と1人反省会を開きながら、最後にはそう自分に言い聞かせる日々。ふぅ、読んでてもしんどいですね。

それはそうで。間違いないんだけど、それと自分の感情をなかったことにするのとはまったく別の話なわけです。私は、どうやら心に湧いた誰の息もかかっていない素直な感情にまずは一旦蓋をするクセがあって。マイナスな感情だとなおさら。すぐに壁を登る手がかりを見つけようとしてしまうから、自然と苦手な人や物事に吸い寄せられているのかもしれない。とくに苦手な人のことは克服しようと努力してしまう傾向にあるのだと最近気づいた。


これが私の生きづらさなんだと。


あ、この人合わないかも・・と思ったとしても、何かのテーマでは楽しく話すことができるかもしれない。自分と合う部分を見つけることができるかもしれない。そうやって苦手だと思っていた人と案外仲良くなれたときの、ちょっとした青春感はクセにはなるけれども。

でもそこに無理があってはやっぱりダメなのだなと思う。ちょっとしんどいなというその日の感情に蓋をしちゃいけない。

基本仕様が苦手なこと多めの性質だから、これいやだな、、苦手だな、、と思ってばかりの自分もあまり好きではない。その割合を減らしたくなる。その方が楽しいだろうとも思うし。けれど、そのまんまの感情をそっと隣に置きながら、自分の心が躍る方を選んでいくということをこの頃覚えてきた感じがある。これがいい。


そんな私の気質を受け継いでいるところもある娘。いろいろなことを器用に頑張れるタイプではなく、とてもマイペース。今のクラスにはあまり馴染めないようで、担任の先生からの電話を受けて心が痛む。

クラスメイトの笑いについていけなかったり、お友達の何気ない目線や行動に傷ついたり。感性が人と違うことに悩み、「考えすぎかもしれないけど・・」と自信を失っている彼女に、あなたも生きづらさを抱えているねとは言いたくなくて、言葉を選んで話をした。

壁を乗り越えようと頑張るのが大事だなんていう考えは封印。きっと言われなくても自分なりに頑張ってきたはず。努力が受け入れてもらえない気持ちになるのも、寂しく感じてしまうのも、自分の感情は自分だけのものだから、そのままでいいんだよと何度でも言ってあげるんだと言い聞かせる。

きっとしかるべきときに自分の力で壁を乗り越えるタイミングがやってくる。人よりも遅くてもいい。


生きづらさを感じても、正直なその気持ちと一緒に、できるだけ自分らしく楽しくいられる方法をこれからも探っていくんだろうな。そうだ、親としての壁だって別に乗り越えられなくたっていいんだよ。


ゆっくりゆっくり。



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