トリガー
ガス人間にとってのトリガーが「いとしのエリー」ならば、わたしにとってのそれもまた「いとしのエリー」だ。この名曲を聴くと私は、ぎゅぅっと少しだけ息がしづらくなる。父に会いたくなるから。
母の影響で、世俗的なものに触れることを禁じられていた子供時代。音楽もまたそのひとつで、私は中学生になるまで、まともにサザンもチェッカーズも聞いたことがなかった。母の顔色ばかり伺って、母のそばに張り付く私を父はたまに連れ出してくれていたのだろう。父といた風景でいちばん思い浮かぶのは、助手席にいる自分。愛車のクラウンセダンを穏やかに運転する父の横顔が好きだった。かっこよかった。
父はドライブ中に音楽を流す人ではなかったけれど、ある日おもむろにカセットを入れて流れてきたのが「いとしのエリー」だった。この曲を聞くとお前(私)を思い浮かべるのだと、笑いながら話す父。それを聞く私。都市高速の高架下。信号待ちの車内で聞いた「いとしのエリー」に、父の愛情と大人の音楽に触れたヒリヒリを感じて、きっとあの日の私は助手席から5mmくらい浮いていた。
私が私でいることをただ受け入れてくれた人。
私を全力で守ろうとしてくれた人。
会えなくなってから25年以上経っても、いまださみしいと思う。きっかけがあれば、いつだってあの頃に戻れるのだ。まさにトリガー。思い出の中でしか会えないけれど、たしかにあったその愛情を今でもしっかりと思い出せるし、それに支えてもらっていると感じる。
枯れそうになる花に水を注ぐように、これからも私は父に会いたくなったら、「いとしのエリー」を聴くんだろう。私も同じように愛を伝えていきたいし、自分のことも愛せるようになりたいから。
どんなに現状に絶望しても、愛すること、それを繋いでいくことを諦めたくないと、そう感じさせられた「ガス人間」という作品。悲しくもあたたかさが残る不思議な物語だった。個人的トリガーも発動しまくって感情が忙しかったけど、観て良かった。
