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97歳、最後まで絵筆を置かなかった草間彌生さんから考えたこと

草間彌生さんが亡くなったというニュースを見た。

97歳。

草間彌生美術館・草間彌生記念芸術財団の発表によると、2026年8月14日に東京都内の病院で亡くなったという。

そして、僕が一番強く引っかかったのは、世界的な評価でも、作品の価格でも、巨大な展覧会でもなかった。

亡くなる直前まで絵筆を手放さなかった。

ということだった。

「時間ができたらやる」という言葉

何かを作りたいと思った時、

「時間ができたらやろう」

と思うことがある。

仕事が落ち着いたら。

お金に余裕ができたら。

環境が整ったら。

もう少し上手くなったら。

でも不思議なもので、条件が全部揃う日はなかなか来ない。

一つ問題がなくなれば、また別の問題が出てくる。

そうしているうちに一年が終わる。

そしてまた、

「いつかやろう」

と言っている。

97歳まで作り続けるということ

草間彌生さんは1929年に長野県松本市で生まれ、1957年にアメリカへ渡った。

絵画だけではなく、彫刻、インスタレーション、パフォーマンス、小説、詩など、非常に幅広い表現を続けた。

そして97歳まで制作を続けた。

これはもう、

「仕事を続けた」

という感じではない気がする。

作ることと生きることの境界が、ほとんどなくなっていたんじゃないだろうか。

普通なら、

何歳で引退するか。

いつまで働くか。

いつ楽になるか。

そんなことを考える。

でも、好きで作っているものに「定年」はない。

誰かに頼まれなくても作る。

売れなくても作る。

評価される前から作る。

評価された後も作る。

そして最後まで作る。

そこには、SNSの数字とはまったく違う強さがある。

「成功したから続けた」わけではない

今は何かを始めると、すぐ数字を見る時代だ。

閲覧数。

いいね。

フォロワー。

売上。

再生数。

もちろん数字は大事だと思う。

見てもらえなければ、作品を届けることも難しい。

でも数字だけを理由に作っていると、数字が出なかった瞬間に作る理由がなくなる。

草間彌生さんの生涯を見ていると、その逆だったように思える。

成功したから作ったのではなく、

作り続けた人生の中に、結果として世界的な成功があった。

順番が違う。

これは創作をする人間にとって、かなり大きな違いだと思う。

AIで何でも作れる時代だからこそ

今はAIに文章を書かせることもできる。

画像も作れる。

動画も作れる。

数分で何十個ものアイデアを出せる。

これから「作る」という行為そのものは、どんどん簡単になっていくだろう。

だからこそ、

なぜ作るのか

の方が重要になる気がしている。

技術は変わる。

道具も変わる。

SNSも変わる。

でも、

「これを作りたい」

という衝動だけは、誰かから与えられるものではない。

AIがどれだけ進化しても、

最後まで作り続けたいと思えるものがある人は強い。

最後まで続けたいものはあるだろうか

97歳になった時、

何をしているだろう。

そもそも97歳まで生きているかも分からない。

でも、

「何歳まで続けるか」

より、

「続けたいと思えるものがあるか」

の方が大切なのかもしれない。

草間彌生さんの訃報を見て、

作品そのものとは別に、

そんなことを考えた。

最後の日まで続けたいこと。

それを一つでも持てたら、

かなり豊かな人生なんじゃないだろうか。

あなたには、

歳をとっても続けたいことがありますか。

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