再録:なぜ主人公がプエルトリカンなのか
本稿は、2013年出版の拙著『子羊解体新書 前編』の記事の再録である。再録の理由は、先日2026年4月9日に亡くなったアフリカ・バンバータへの追悼である。

とりわけバンバータをたどってここにたどり着いた、特にヒップホップ・ファンのために、以下に前置きしたい。
先述の『子羊解体新書 前編』は、イギリスのロックバンド、ジェネシスが1974年にリリースしたアルバム『THE LAMB LIES DOWN ON BROADWAY(邦題:眩惑のブロードウェイ)』の解説書である。
このアルバムは、1974年のニューヨークが舞台の物語を音楽化したもので、いわゆるコンセプト・アルバム、あるいはロック・オペラ。そしてその主人公はプエルトリコ人の青年という設定である。
それはバンバータがヒップホップを創始したのと同時期の作品であり、初期ヒップホップ・カルチャーをロックの分野でリアルタイムに描画したグラフィティである。
物語の内容は、リリース以来ファンの間で難解とされ、ただ恣意的に語り継がれてきた。先の拙書はそうした中にあって、徹底調査を行い、当時40年続いた闇に光を当てるべく作ったもので、その収録記事の一つが本稿である。
物語の主人公はニューヨークに住むプエルトリカン、いわゆるニュヨリカンで、名前はレエル。その物語は、彼がグラフィティ・アーティストとして再出発するシーンから始まる。
それ以前のレエルは、ギャング団に身を置き、悪のかぎりを尽くした。と聞けば、もうヒップホップ・ファンも気づいただろう。そう、かのアフリカ・バンバータそのものだ。
もちろんレエルは架空の人物であり、バンバータとは人種も違う。ヒップホップといっても、彼のそれは音楽ではなくグラフィティ。しかし、そうとだけ聞いて「本物の」ヒップホップ・ファンが無視できるとは思えない。その理由は本稿を読めば十分にわかるだろう。
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今回、再録にあたって加筆訂正したかったのだが、その時間がなく、やむなくオリジナルのまま再録した。よって今となっては古い情報や誤りを含む。
また、特にヒップホップのファンにとっては、そもそもアルバムの物語全体の内容がわからないため、十分に理解できない箇所もあるだろう。しかし彼らに決して届かない内容ではないと信じている。
本稿で何より彼らに伝えたいのは、まるで畑違いの音楽であるロック、しかもブリティッシュ・ロックの中の、さらにプログレッシブ・ロックというマニアックな分野にまで、ヒップホップは根を張るという事実である。
これに対しヒップホップ・ファンは、はたして「興味ない」と言うだろうか。あるいは「どうでもいい」「関係ない」と言うだろうか。言うかもしれない。実際にロックファンの大半はそう言い放った。
バンバータならそうは言わないだろう。思い出してほしい。彼がヒップホップを生み出した理由が、抗争を止めユナイトすることだったことを。
Walk This Way
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プエルトリコ人っていうのは何者で、
彼らはレナード・バーンスタインの
『ウエストサイド物語』で何をやっているんだ?
たくさんの疑問がわき起こったが、
誰に質問していいかわからなかった
(『ビル・ブルフォード自伝』(2012年)より)















