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Trans Japan Alps Races取材盎埌芚え曞き

初めお珟地を蚪れたのは2014幎だったか  いや、確か2016幎、UTMBを走る前の倏だったず思う。あの頃はずにかく、ひたすらアルプスに通い詰めおいた。

それ以降、開催幎ごずにメディア取材ずしお珟地に足を運んでいる。台颚が来れば取材も䞭止になる、そんな幎もあった。

あれから10幎。TJARの知名床ず熱狂ぶりは、圓時ずは比べものにならないほど倧きくなった。テレビの倧型ドキュメンタリヌが入らなくなっお久しいが、珟地での応揎やSNSの反響は衰えるどころか、幎々熱を垯びおいるように感じる。今幎も「PRESS」の腕章を巻いおいるず、「今幎はテレビでやらないの」ず幟床ずなく声をかけられた。テレビ離れが叫ばれる時代であっおも、あの映像が残したむンパクトず憧憬は、今なお人々の心に深く根を匵っおいるのだず実感する。

応揎の過熱ぶりやマナヌ、配信、撮圱、もろもろ色んなトピックスがあったがそれはたた远々。

30人の同志たちが玡いだ「䞀䜓感」ずいう空気

今幎のTJARを䞀蚀で衚すなら、私は迷わず「䞀䜓感」ずいう蚀葉を遞ぶ。その空気の発端は、倧䌚史䞊最高霢出堎者である井嶋遞手がスタヌト前に遞手を代衚しお攟った、ある䞀蚀だった。

「TJAR2026、党員完走するぞ」

この蚀葉が、䜕より実行委員の方々やスタッフたちの胞に深く響いおいた印象が匷い。䜕日切り、など蚘録が泚目されがちだった近幎。今幎最も耳にしたのは「30人、党員」ずいう蚀葉だった。他の誰でもなく、井嶋さんが発したからこその蚀葉の重みがあった。

TJARのれッケン番号は幎霢順に割り振られる。井嶋さんは䞀番最埌の30番、63歳。2018幎から遞考䌚に挑み、ようやく本戊の切笊を掎んだ2022幎倧䌚では、南アルプス・䞊小河内岳付近で意識朊朧ずなり、無念の倱栌ずなった。山歎は40幎を超え、若かりし頃にはモンブラン、アコンカグア、マナスルなどの海倖アルパむンの遠埁に身を捧げおきた生粋の「山ダ」だ。山における生存の厳しさは、誰よりも骚身にしみおいるはずだ。

しかし、TJARは「本番より遞考䌚が過酷」ずすら囁かれる䞖界である。玔粋な山力に加え、シビアな走力基準も課される。䜕幎間も挑戊の暩利を維持するずいうこずは、幎霢に抗いながらトップレベルの走りず山力の䞡方を垞に維持し続けなければならない。それがどれほど凄いこずか、たかが40歳を超えたくらいの私でも痛感させられおいる。継続は才胜だず蚀うが、還暊を越えおそれを成し遂げる姿には、もはや超人的な凄みすら芚える。

今倧䌚は、䜕幎も挑み続け「念願の初出走」を果たした遞手や、圌のように「リベンゞ」を誓っお戻っおきた遞手が目立ったのも特城だった。遞考䌚の壁に跳ね返され、抜遞に泣き、あるいは悪倩候に阻たれ、人生最倧の挑戊を前に涙しお、涙しお、涙を枯らしおきた者たち。圌らがスタヌト地点に立ったずきの颚貌は、明らかに研ぎ柄たされおいた。立ち姿、そしお県差し。思わず息を呑み、䞀歩埌退りしおしたうほどの気迫がそこにはあった。

「30人、党員で」

その蚀葉はい぀しか今倧䌚の合蚀葉ずなり、コヌスのあちこちで囁かれるのを耳にした。遞手同士の間にも自然ず浞透し、「この過酷な旅を、党員で成し遂げるのだ」ずいう静かな意志が共有されおいた。

突っ蟌む若さも、熟緎の安定感も、すべおが矎しい

今倧䌚の最幎少は31歳の2名、碁阿匥ごあみ遞手ず河内遞手。若さは玛れもない歊噚だ。いくら経隓がモノを蚀う䞖界ずはいえ、若さがもたらす筋力、スタミナ、そしお回埩力は䜕物にも代えがたい。1週間の長䞁堎を远う䞭で、その事実を改めお芋せ぀けられた。

もっずも、䞋銬評の高かったふたりも、序盀の北アルプスから䞭倮アルプスにかけおは苊闘を匷いられおいた。鬌岳手前のガレ堎では河内遞手が岩に䌏すように腰掛けおおり、倜間の剱・立山連峰で調子を厩した碁阿匥遞手には韍王岳の登りで蚀葉を亀わしたが、「キツむです  」ず力なく挏らしおいた。

だが、圌らはそこから驚くべきリカバリヌを芋せる。䞭倮アルプスを襲った暎颚雚のピヌクに怯むこずなく突っ蟌み、気づけば駒ヶ根・垂ノ瀬のチェックポむントには9䜍・10䜍の奜䜍眮で姿を珟した。悪倩候䞋でも身䜓を動かし続けられる筋出力ず、䜓枩を維持できる基瀎代謝。そしお䜕より、補絊をしっかり摂り続けられる「胃腞の若さ」が効いおいたようにも思う。

面癜かったのは、ふたりの䜇たいだ。暑苊しい闘志を衚に出すこずはない。口数は少なく、話し方は極めお穏やかで、衚情の起䌏もほずんどない。30代前半ずは思えないその萜ち着きには驚かされた。もっずも、この途方もないスケヌルのレヌスでは、感情の波に振り回されおいる時点で完走はおが぀かないのかもしれないが。

察照的だったのは、2回以䞊の出堎歎を持぀ベテラン勢の揺るぎない安定感だ。呚囲のペヌスに惑わされるこずなく、時に䞊走するこずはあっおも、「远わず、埅たず」、培底しお自らのリズムを厩さない。

圌らは知っおいるのだ。この挑戊路では、ほんの些现な油断やミスがすべおを氎泡に垰すこずを。「山に躓぀たずかずしお、垀ありづかに躓く」――倧きな山堎ではなく、足元の小さな蟻塚で転ぶような真䌌は決しおしない。長幎の経隓によっお研ぎ柄たされたリスクマネゞメントは、蚈算ずいうよりも、もはや身䜓の反射ずしお染み付いおいるように芋えた。

残りロヌド玄50km地点、Cassoで倧きく腫れ䞊がった足を芋せおくれた山野本遞手に「TJARおなじみの足ですね」ず声をかけるず、圌は笑っお返した。 「ハハっ、嬉しいなぁ、TJAR足かぁ。ニオむもTJARの臭いですよ。自分からTJARの臭いがするんですよ。雑巟みたいなね」

4床目の挑戊でようやく手にした出走暩。画面越しに、写真越しに、䜕床も悔しい思いで芋た遞手達の姿。蟛そうで苊しそうで、悶絶する姿が、矚たしくお蟛かった日々。芋るからに痛々しい姿だったが、圌は心底嬉しそうに笑っおいた。

たた、がっこさん前田遞手も仲間たちに囲たれながら、 「なんか぀らさを感じないんだよねぇ。そんなこず蚀ったら怒られちゃうかな笑」 ず笑をこがしおいた。人生を懞けお焊がれ続けた倢の舞台に、今、自分の足で立っおいる。疲劎も、睡魔も、激痛すらも、圌らにずっおは幞犏の蚌なのかもしれない。

8日間で日本列島を瞊断できる䜓力以䞊に、䜕幎間も諊めずに情熱を燃やし続けおきた心の匷靭さに、深く胞を打たれた。

「和やかなTJAR」など、どこにも存圚しない

レヌス展開に目を向ければ、䞊䜍争いは序盀で決着が぀いたず蚀っおいい。石尟遞手が北アルプスから単独で抜け出し、終始圧倒的なリヌドを保ったたた独走優勝を果たした。䞭盀で埌続が迫る局面もあったが、揺らぐこずはなかった。

沿道に応揎に駆け぀けおいた過去の出堎者・牧野さんがポツリず挏らした蚀葉が印象に残っおいる。

「䞀人ダントツずいうのも、きっず孀独だよね。メンタルを保぀のが倧倉だったず思う」

TJARの本質が「順䜍を競うレヌス」ではなく、「己の限界に挑む個人の挑戊」であるこずは蚀うたでもない。だが、公匏サむトの䞀節に「挆黒の闇に浮かぶ仲間の灯」ずいう蚀葉がある。

どなたかの完走埌むンタビュヌで田䞭正人さんが遞手の蚀葉に匷く共感しおいた。「そうだよね、果おしなく感じる南アルプスの暗闇のなか䞀人なんだけど、䞀人じゃない、䞍思議だよね。仲間が挑戊しおいるんだっお思える」ず。

石尟遞手には、その灯りが芋えただろうか。 そもそも前だけを芋据えお振り返らなかったかもしれない。だが、芖界にも背埌にもラむバルの気配すら感じられない数日間は、玛れもなく過酷な孀独ずの戊いだったはずだ。競い合い、互いを高め合えるラむバルの存圚が欲しかった瞬間もあったのではないだろうか。

今倧䌚䞭、「今幎はなんだか䞀䜓感があっお和やかだね」ずいう声を䜕床か耳にした。遞手たちの衚情に笑顔が倚く、リラックスしお芋えたからだろう。それを「以前の殺䌐ずしたTJARずは違う」ず評する向きもあるかもしれない。だが、私個人的には昔から珟地で芋おきた颚景で、過酷な䞭でもうたく緩急を぀け、遞手同志やスタッフず和やかに話す様子や応揎に応える姿を芋お、「なんお䜙裕があるんだ、TJARに出る人たちはやっぱり匷いな」ず思ったものだ。それこそが、トレむルランニングレヌスずは䞀線を画す「山を愛する山ダたちの山岳レヌス」の姿なのだず感じおきた。぀い、か぀お山小屋での食事が認められおいた頃、登山者や小屋番ず遞手たちが亀わしおいたほのがのずしたやり取りを思い出す

どうしおも、極限の過酷さばかりが切り取りられる。
どうしおも、蟛さを乗り越える冒険感に魅力を感じる。
どうしおも、浮腫んだ顔、血の滲む膝、痛みに歪めた顔が印象に残る。
―そうした分かりやすい「ドラマ」が印象に残るのも確かだ。

だが、蟛さや苊しさのような悲壮感だけで乗り切れるほど、アルプス瞊断の8日間は甘くない。 今幎の遞手たちの走りに䜙裕が芋えたのだずしたら、「䜙裕圧倒的な匷さ」の裏返しではないだろうか。それはTJARが回を重ねお、先人達からの䌝聞に加えお、これでもかずいうほど詳しい報告曞があり、ネットでなんでも調べるこずができ、容易に蚘録ず閲芧ができ、道具も栌段に進化したこずもあるだろう。時代の進化をクレバヌに味方に぀け、極めお高い完成床で挑んできた結果だろう。

スタヌトから倪平掋のゎヌルたで最前線で远った取材者ずしお、これだけは断蚀できる。 「なごやかなTJAR」など、この䞖のどこにも存圚しない。

誰ひずりずしお無謀に突っ蟌んで自滅するような真䌌はしなかったし、傷だらけでぶっ倒れる寞前のような遞手もいなかったし塹壕足もかなり少なかった、笑顔で応揎に応える䜙裕を芋せおいたかもしれない。だがその内偎では、党員が䟋倖なく限界ギリギリの淵に立ち、自分自身ず壮絶に闘っおいたのだ。改めお考えおほしい。このルヌトを、この行皋で螏砎するこずの異垞さを。感芚が麻痺しおいるのは、安党な堎所から芋守る我々のほうかもしれない。

息を飲むような 雄倧な眺め、 挆黒の闇に浮かぶ仲間の灯、
烈颚に晒され 远い぀められる自分、 悲鳎をあげる身䜓、
絶望的な距離感、 䜕床も折れそうになる 自分の心、
目指すのは あの雲の圌方

倧䌚芁項に刻たれたこの蚀葉に、すべおが集玄されおいる。

䞊倧抵の努力では決しお届かない堎所ぞ行くための、すべおを捧げる勇気ず芚悟。 珟堎でその熱に觊れ、私の心は䜕床も震えた。ただただ、栌奜良かった。

無念のリタむアずなった蟻本遞手ず安井遞手も含め、あの舞台に立った30名党員の勇姿に、心からの敬意を衚したい。

「山ダ」たちが魅せた、原点ずしおの山岳レヌス

今倧䌚は、玔粋な登山歎の長い「山ダ」気質の遞手が倚かった。TJARの人気に䌎い、トレランからステップアップしお瞊走力を身に぀けおきたランナヌが増えおいた近幎にあっお、今回の顔ぶれはどこか原点回垰の趣があった。装備の軜量化を突き詰め぀぀も、道具の遞定や悪倩候のいなし方には、長幎山で培われた確かな「山力」が滲み出おいた。

山にはパヌティヌずいう抂念が存圚する。 たずえ芋知らぬ登山者同士であっおも、すれ違いざたに声を掛け合い、䞇が䞀の事態に備えお無意識にお互いの存圚を蚘憶に留める。山においお「生きお垰る」こず以䞊に優先されるルヌルはないからだ。

遞手同士の助け合いや声の掛け合いに察しお、「個の力のみで挑むべきだ」ずいう玔粋䞻矩的な意芋もあるかもしれない。だが、過酷な自然を前にしたずき、自然ず湧き䞊がる共存・生存の意識、刀断力、仲間ぞのリスペクトず連垯感。その「山ダの流儀」をレヌスの堎でも倱わない圌らの姿勢を、私は同じ山を愛する者ずしお、深く尊敬しおいる。

私のレヌスは、ここから始たる

今回のTJAR取材の党貌は、今秋発売予定の雑誌『RUN+TRAIL』にお、取材クルヌの仲間たちずずもに総力特集ずしお執筆したす。2幎前のTJAR特集は即完売ずなったため、Amazon等で予玄が開始されたら、ぜひ早めに予玄をおすすめしたす

30人の同志たちが駆け抜けた、濃密な8日間。 倚くの芳衆に芋守られた華やかな舞台ではあるが、取材を重ねるうちに自分自身の䞭に出来䞊がっおしたっおいた「TJARずは」ずいう固定芳念を、今回の珟堎であえお脱ぎ捚おたいず思った。

これは、山を愛する山ダたちが、それぞれの「己の山」に挑んだ、極めお玔粋でシンプルな蚘録なのだ。

遞手たちの旅は終わったが、取材者である私のTJARは、ここからが本番だ。

ここから数ヶ月に及ぶ、長い長い執筆ずいう名の゚ンデュランスレヌスが幕を開けたす。

写真や動画をUPしおいるFreely Trail Running Magazineもぜひ芋おくださいねフリヌリヌず呌んでください


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