地域誌万華鏡 ー 豊川信金事件50年8
では、これらの要素から教訓と将来構想をひきだしてみたい。
まず豊川の治水に関しては、豊川という東三河随一の大河に対して、豊橋を中心とした東三河の人々は、渡し船を残すなど、開発に消極的であると感じられる。それには豊川放水路をひいた時の記憶が少なからず反映されているようにも感じられ、その感傷の原点を探ることで、豊川沿岸を開発すべきなのか否か、すべきならば如何にしてすべきなのか、ということを議論する必要があるのではないだろうか。都市部では特に小さな河川はどんどん暗渠化され目に見えないようになってしまっていると感じられるが、東三河にはまだ多くの小川が豊かな自然とともに残されている。このような貴重な“天然資源”を活かさない手はないだろう。
豊川鐵道に関しては、早い段階で険しい山を抜けるような鉄道が敷かれたことは注目すべきことで、何がそのような先進性をもたらしたのかということを考えるのは意味がありそう。そしてそれは宝飯郡方面での相対的に密な鉄道網と渥美郡の疎、そして八名郡には全くないというアンバランスさをどう考えるのか、という問題に突き当たりそう。豊橋駅において名古屋鉄道とJR線が改札を共有しているのには、放水路から豊橋駅にかけて両社が線路を共有しているというということがありそうで、それは豊川鐵道と関わってくるのではないだろうか。鉄道に関してはまだまだ様々な構想が可能であると考えられるので、活発な議論がなされることを期待したい。
都市ガスの展開についてみてみると、都市部に於いて都市ガスを導入することは、プロパンに張り付いている資源を他の事業にまわすことができるようになり、それが生産性の向上につながると考えられる。中部瓦斯についてみてみると、プロパンの方は国内最大級のガスターミナルを持っていながら、都市ガスは天然ガスにきりかえ他社からの購入をするというのは投資のバランスが悪いように感じられる。地域のエネルギーの基幹企業は、意志決定を平等にするためにも、株式会社というよりも、協同組合形式の方が望ましいのではないだろうか。
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