なぜクールジャパン機構は失敗したのか
政府が特定の個別企業や事業の勝者を選別するというのは産業政策の大きな柱になっているわけですからね。クールジャパン機構の廃止をめぐっては、「税金を無駄にした」「官僚がコンテンツ産業を理解していなかった」といった恨み節が多く聞かれる。しかし、これは少し話が違うのではないか。
クールジャパン機構が掲げた理念そのものは、必ずしもおかしなものではない。
2024年の中山淳雄が経済産業省にインタビューした際に経産省がした説明を整理すると、そもそも「クールジャパン=コンテンツ育成」ではなく、衣食住関連商品、サービス、先端テクノロジー、レジャー、地域産品、伝統産品、教育、観光など多岐にわたる。
そして、クールジャパン機構には大きく四つの考え方があった。
役人に投資の目利きはできないため、民間プロに意思決定を委ねる
補助金の単年度・小規模から脱却し、中長期・大規模で支援できる「投資」を選択する
投資収益だけでなく、国内産業への波及効果(政策効果)も重視する
一般会計の補助金ではなく、財政投融資を活用して運営する
この四つの理念そのものに、強く反対する人はそれほど多くないだろう。だからこそ、クールジャパン機構の失敗を単純に「理念が間違っていた」と片付けるたり「公金チューチュースキーム」だなんて単純化して批判するのは適切ではない。
むしろ問うべきなのは、その理念を実現するために、「政府がリスクマネーの供給者となり、どの企業・事業が成功するのかを選別する必要が本当にあったのか」ということだ。
そもそも投資とは、「将来どこに資本を投入すればリターンが得られるかを選択する」行為である。したがって政府が投資を行うということは、政府が直接その判断をするのであれ、民間の投資家に判断させるのであれ、最終的には「誰が勝つか」を公的資金によって選別することになる。
しかし、政府が民間企業の将来の勝者を予想することよりも、市場では十分に供給されない資金や、民間だけでは解決できない外部性を補うことのほうが、政府の政策としては合理的ではないだろうか。
もちろん機構の建前としては「民間では供給されにくいリスクマネーを補完する」というものがあるが、クールジャパン分野が本当に「民間では供給されにくいマネーがあったのか」ということは大いに疑問を抱かざるを得ない。
そして現在のコンテンツ政策を見ると、「IP360」のような大規模な補助事業が登場している。2026年にはDeNAのゲーム開発に最大15億円を補助することが報じられ、「なぜ資金力のある大企業に公金を投入するのか」という批判も起きた。
こうしてみると、企業選別的な施策ではなく、研究開発税制のような税制支援による投資を喚起する政策を柱にすべきだったように思える。
成功例として英国では映画・テレビ等の映像制作に対する税制優遇を長年行っており、海外からの制作投資の誘致や国内映像産業の成長に一定の役割を果たしてきた。
安倍政権の肝いりで始まった政策だっただけに、「何か大きなことをやらなければならない」という発想に引っ張られた面もあったのではないか。
しかし、クールジャパン機構自体が20年という長期の活動期間を想定していた。そうであれば、特定の企業や事業に大きな資金を投じる「銀の弾」を探すより、民間投資を呼び込む環境整備や人材育成、海外展開の基盤整備など、地道な施策を積み重ねるほうが本筋だったのではないか。

