『シラート』(2025)/未舗装の砂漠にさえ暴力が染み込んだこの世界ではレールを外れることすら許されない

砂漠で一心不乱に踊る放浪者たちは、社会から外れながらも特別な絆で結ばれた「家族」だった。失踪した娘の行方を追い、この野外レイヴへと足を踏み入れた父ルイスと息子エステバン。途方に暮れるよそ者の親子を、彼らは少しずつ、その特異な共同体へと迎え入れていく。

この映画は、社会の周縁を漂う彼らと痛みを分かち合いながら、親子で果てしない砂漠を旅するロードムービー。では、全くなかった。

以下、ネタバレあり


砂漠のレイヴ

そこは、社会からはじき出された者たちが身を寄せる、最果てのシェルターに見える。戦争で負傷した退役軍人だろうか。映画は冒頭から、手足が欠損している者たちを意図的に映し出す。レイヴの参加者はきっと、社会で居場所を失った人々だ。それぞれに現実の「ままならなさ」を抱えながら生きている。

切実な儀式

重低音に肌を震わせ、大地を踏みしめる。その姿は、砂漠という圧倒的な自然と同期し、世界との接続を確かめるかのようだ。同期したその身体を揺らすことで、抱え込んだ現実の「ままならなさ」を必死に振り落とそうとする。

だからこそ、エステバンが悲劇に見舞われたとき、その深い喪失を、爆音で連帯して振り切ろうとするシーンには不覚にも泣かされた。悼みのレイヴ。どうにもならない悲しみを、身体と大地の震えに託して乗り越えようとするその姿が、人間の根源的な治癒への祈りに思えたから。

悪意に満ちた接続

だが、この映画が真の恐ろしさを剥き出しにしたのも、まさにこの瞬間だった。

悲しみを振り切るために力強く踏みしめた、その切実なステップが、地中に眠る紛争の遺物と接続される。同じ音はひとつもないというレイヴの爆音が、彼らの命をひとつずつ吹き飛ばす地雷の無慈悲な爆発音と重なった瞬間。「予測不能×衝撃」の展開、宣伝文句に偽りなし──だが、待ってくれ。こんなにも凄惨で意地悪な(そして巧みな)反転があるだろうか。

社会というシステムから距離を置こうと、砂漠の奥深くを進んできたはずだった。だが、彼らが信じ、身体を委ねた地面には、すでに人間のシステム化された暴力が深く、どす黒く染み込んでいた。世界との接続を確かめようとした彼らは、まさにその身振りを起爆剤とした暴力によって、強制的に、あまりにも呆気なく、世界から切断されてしまった。

暴力が染み込んだこの世界

この絶望を前にして、唐突に地雷原を歩き出したルイス。それは、悪あがきをやめて運命に完全に身を委ねるという降伏の身振りだった。『シラート』とは、天国と地獄を繋ぐ細い橋。審判の橋を渡るのに、計算も予測も意味をなさない。ただ無心で歩みを進めるほかない。

地雷原を抜けた彼らの姿は、列車にあった。生き延びるためには、もう一度社会に縋るしかなかった。姿を消した娘も、どこかで生き延びているだろうか。未舗装の砂漠にさえ暴力が染み込んだこの世界では、レールを外れることすら許されない。

そういえば、彼らは語っていた。
「世界はとっくに壊れている──」

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