沖縄からの風便り125
年をとる力を読んでいたら、孫の話になった
同じ景色なのに、
見えるものが違ってきた
阿川佐和子さんの『年をとる力』を読んでいる。
お茶目な阿川さんが私は好きだ。
簡単に読めそうな本なのに、お盆やら何やらで少しずつ読んでいるので、正直、あまり頭に残っていない。
でも、阿川さんなら、まあ、そんな読み方でもいいかと思っている(笑)。
そんな本の話を主人にしていた。
「孫にいつも本を読んでいるけれど、私は同じ本を何度も何度も読まされるので、もう飽きて秋になっちゃうよ」
なんて言ったら、→ここ笑うところ?
主人が真面目な顔をして、
「君は読み聞かせが上手かったよ。これだけは俺には敵わない。だから娘もそこそこ頭が良くなった」
と言う。
そこかい(笑)。
でも、最近ふと思う。
娘が三歳だった頃と、孫が三歳の今。
同じ三歳でも、ずいぶん違う。
孫はごっこ遊びが大好きだ。
今、一番のお気に入りは『三びきのやぎのがらがらどん』。
私がわざと「三びきのやぎのガンガンドン」と言うと、
「おばあちゃん、違う!」
とすぐに訂正する。
「見つかったか!」
と私が笑うと、孫もつられて笑う。
ある日、パパとママに「読んで」とせがんでも、二人はテレビに夢中。
すると、字も読めないはずなのに、自分で絵本を読み始めた。
小さいやぎの言葉を言い、次の場面になると、ちゃんと物語を進めていく。
どうやら、この子が好きなのは、やぎではなくトロールなのかもしれない(笑)。
お化けも好き。
『のんたん』のブランコから落ちて、怪我をして病院へ行く話も好き。
ちょっと怖いもの、ハラハラするものが好きなのだろうか。
一方、娘が三歳の頃は『百万回生きたねこ』を読んでいた。
字なんて読めないのに、ある場面になると泣く。
「嘘でしょう?」
と主人と何度も確かめて、また同じところで泣く。
そこで初めて、娘が絵本のその場面を感じ取って泣いているのだと気がついた。
同じ絵本でも、心が動くところは違う。

同じ三歳でも、こんなに違う。
父親が違うからなのか、それとも生まれ持ったものなのか。
きっと、いろんなものが混ざって、
その子になっていくのだろう。
娘は「とうもころし」と言っていた。
孫は「とうもろこし」と言える。
そこも違う(笑)。
でも、二人にはよく似ているところもある。
とにかく明るい。
私の家に来ると、いつもご機嫌だ。
娘と孫が一緒にいると、笑顔がよく似ている。
みるくとモナキが出てくると
二人で踊り出す。
目がキラキラしている。
「はい、パパも!」
と娘と孫で婿を誘うけれど、パパは踊らない(笑)。
そんな家族を、私は少し離れたところから眺めている。
子育てをしている頃は、毎日が精一杯だった。
娘が何を好きで、どんなところで心を動かしていたのか。
見ていたはずなのに、今ほどゆっくり眺める余裕はなかった。
今は、孫を見ながら娘の三歳の頃を思い出す。
同じ景色を見ているようで、昔とは見えるものが違う。
これも、年をとるということなのかもしれない。
三世代。
母であり、娘であり、孫。
その真ん中にいる私は、二つの三歳を知っている。
昔は娘を育てる側だった。
今は孫を眺める側になった。
責任は親に任せて、私は笑う係である。
昨日も、可愛いピンクハウスのワンピースを着ていた孫に、
「可愛いね」
と言ったら、
「可愛くない」
と言われた。
さすが三歳。
あまのじゃくである。
お盆の残り物を食べながら、こんなことを考えている我が家。
まったく、面白い家族である。
⸻
記事の裏側
最初は、阿川佐和子さんの『年をとる力』について書こうと思っていた。
ところが、
孫の話になり、
娘の三歳の頃を思い出し、
「とうもころし」と「とうもろこし」の話になり、
二人ともよく笑うなあと思い、
書いている途中で気がついた。
……あれ?
これ、三世代の話じゃない?
本の感想を書くつもりだったのに、いつの間にか我が家の三世代女子の話になっていた。
まあ、いいか。
これも、年をとる力。
いや……
景色が変わった、ということにしておこう(笑)。

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