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日本誕生!歴代天皇陛下と歴史的な背景を紐解く① 天孫降臨から神武東征へ

「日本誕生!歴代天皇陛下と歴史的な背景を紐解く」シリーズ、いよいよ本編の始まりです。これまで国生み(淡路島)、天照大御神(伊勢神宮)と、神話の土台となる部分を見てきました。今回は、その神話が「天皇家の物語」へとつながっていく、天孫降臨から神武東征までを辿ります。

天孫降臨——天から地上へ

天照大御神には、多くの子や孫がいましたが、その中でも中心的な役割を担うのが孫にあたるニニギノミコトです。天照大御神は、地上を治めるようニニギノミコトに命じ、三種の神器(鏡・剣・勾玉)を授けて、高天原(天上の世界)から地上へと降臨させます。

降り立った場所は、日向国(現在の宮崎県)の高千穂とされています。この「天から神が地上に降りてくる」という出来事が「天孫降臨」と呼ばれる神話です。

天照大御神から数えて、ニニギノミコト、その子・ホオリノミコト(山幸彦)、そしてその子・ウガヤフキアエズノミコトと続き、そのまた子にあたるのが、後に初代天皇となるカムヤマトイワレビコ(のちの神武天皇)です。

神武東征——日向から大和へ

カムヤマトイワレビコは、日向の地で生まれ育ちましたが、より国を治めるにふさわしい土地を求めて、東へと進軍を開始します。これが「神武東征」と呼ばれる物語です。

瀬戸内海を東へ進み、現在の大阪湾に上陸しようとしますが、地元の豪族の抵抗に遭い、兄を失うなど大きな苦難に直面します。一度は退き、紀伊半島を迂回して熊野から上陸し、険しい山道を越えて、最終的に大和(現在の奈良県)の地にたどり着きます。

この道中では、金色の鵄(とび)が神武天皇の弓に止まり、その光で敵を撃退したという「金鵄(きんし)」の逸話や、ヤタガラス(三本足の烏)が道案内をしたという伝承も残されています。ヤタガラスは、現在でも日本サッカー協会のシンボルマークに使われていることでも知られています。

大和の平定と、初代天皇への即位

大和の地に至った神武天皇は、地元の豪族たちを平定し、橿原(かしはら、現在の奈良県橿原市)の地で即位したとされています。この即位の年が、日本の紀元とされ、現在の暦で紀元前660年にあたるとされています。

ただし、これはあくまで神話・伝承上の年代であり、考古学的に実証されたものではありません。多くの歴史学者は、これほど古い時代に統一的な国家が成立していたとは考えにくいとしており、神武天皇の実在性についても、史実というより象徴的な建国神話として捉えるのが一般的な見方です。

この物語が持つ意味

天孫降臨から神武東征に至る一連の物語は、単なる冒険譚ではなく、「天照大御神の血を引く者が、地上の王として国を治める」という、天皇家の正統性を神話的に裏付ける構造になっています。

高天原から日向、そして大和へ——この神々の血脈が地上に降り立ち、困難を乗り越えて国を治めるに至るという物語の骨格は、後の歴代天皇、そしてそこから連なる武家社会の系譜にまで、脈々と受け継がれていくことになります。

次回予告

次回からは、いよいよ歴代天皇そのものに焦点を当てていきます。まずは初代・神武天皇と、史料の乏しい「欠史八代」と呼ばれる2代目から9代目までの天皇たちを取り上げます。

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