誰かの正解が、私の正解とは限らなかった
友達と近況報告をしているとき、会社の同期の何気ない行動を目にしたとき、「すごいな」「私と全然違う」と感じることっていっぱいあります。
なんだかその人たちが、すごく先を進んでいるように感じて、焦りと共に落ち込んでしまうんです。
SNSが当たり前の時代になった今は、身近な人以外とも比べてしまうことが増えました。
Instagram、X、YouTube、TikTok…。キラキラして見える人がいっぱいです。最近はショート動画も当たり前だから、短時間で色んな人の情報が流れ込んできます。
「すごいなぁ」だけで済めば何の問題もないけれど、心がザワザワ・モヤモヤしてきたら黄色信号です。私がそんな気持ちになる時は、無意識に「誰か」と「自分」を比べてしまっていることが多いです。
キラキラした人たちに少しでも近づきたくて、早起きを頑張ってみたり、いつもと違うことに手を伸ばしてみたり、難しい本を読んでみたり、同じことを頑張ろうとしていました。
「誰か」と同じように頑張ってみても、
・気力と体力が先に尽きる
・結果が出ても自分の首を絞めてしまう
のどちらかの結果になることが多かったです。
今だからこそ感じるのは、それはその人の「得意」であって、真似すれば同じようにできるとは限らないということです。
体力、気質、回復の速さ、環境……。
スタート地点も、持っているエネルギーも違っていました。
「すごい」「私もそうなりたい」から行動に移せる部分は、長所だなと思います。
でも、「憧れ」が自分を苦しめてしまうこともありました。「自分」と「誰か」の根底部分に目を向けずに目標にしてしまったことで、いつの間にか出来ない自分を証明する時間になっていたんです。
よく、「よそはよそ、うちはうち」なんて言うけれど、自分に持ってない物を持っている人ってどうしても輝いて見えます。
このSNS時代に、人と比べるなって方が難しい話です。どれだけ気をつけていても情報は入ってくるし、無意識に自分と誰かを比べてしまいます。
しかも、自分の気持ちがコントロールできない時に限って、見たくないものが見えてしまったりするんですよね。
「比べない」ことは難しいけれど、
「できている人のやり方が自分にも合うとは限らない」
「その人の得意は、自分の正解じゃないかもしれない」
ことを、頭の片隅に置いておくことはできるなぁと感じています。
心がザワザワ・モヤモヤした時こそ、少しだけ立ち止まって、思い出すだけでもちょっと呼吸が楽になれます。
