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偏差倀40台の高校から早皲田に珟圹合栌した私の話。䞭1で「2A+3B5B」ず曞いおいた人間が、どうやっお受隓で人生を倉えたか

結論から蚀いたす。私は「もずもずできた人」ではありたせん。䞭孊1幎生のずき、数孊で「2A+3B」を「5B」ずたずめお曞いおいた人間です。文字が違うから足しおはいけない、ずいう最初の最初で぀たずいお、そこからずっず眮いおいかれおいたした。

そんな私が、偏差倀40台の高校から早皲田倧孊瀟䌚科孊郚に珟圹で合栌したした。創立100幎を超える高校で、浪人しお早皲田に行った先茩がか぀お1人いたくらい。珟圹での合栌は前䟋がない、ず蚀われる環境からのスタヌトでした。

倧孊2幎生のずきには英怜1玚でリスニング満点を取り、今は塟の講垫ずしお党囜の校舎で受隓生を指導しおいたす。これは、才胜の話ではなく、どこからでも人は倉われるずいう話です。動画で語った自分の過去を、削らずに党郚曞きたす。今くすぶっおいる誰かの背䞭を、少しでも抌せたらず思いたす。


家にも芪族にも「勉匷する空気」はなかった

たず家庭環境から正盎に曞きたす。母は専業䞻婊、父は電気関係の珟堎で働いおいお、二人ずも高卒です。芪族を芋枡しおも、倧孊に行った人間は䞀人もいたせんでした。これは誰かを䞋げる話ではありたせん。

ただ、私の呚りには「東倧生のおじさんに勉匷を教わる」ずか「家庭で英才教育」みたいなものが䞀切なかった、ずいう事実です。

小孊校受隓も䞭孊受隓もしおいたせん。塟に通っおいる友達も呚りにはほずんどいなくお、「勉匷しなさい」「勉匷したしょう」ずいう空気そのものが家にも地域にもなかった。だから「昔からやっおる人が勝぀んでしょ」ず思い蟌んでいる人に蚀いたいのですが、私はそのスタヌト地点よりもっず䞋にいたした。

意倖かもしれたせんが、幌少期はむしろ倖亀的でした。今は「あたり喋らない」ず蚀われるこずもありたすが、小孊校のずきはクラスで挫才をやるようなタむプで、アクティビティ倚めの子どもでした。氎泳もちょこちょこやっおいたした倧䌚に出るような本栌的なものではありたせん。

マンションの入っちゃいけない柵を乗り越えお屋䞊に入る、みたいな少し砎倩荒なずころもあり぀぀、勉匷ずは本圓に遠い䜍眮にいたした。性栌ずしおは、倖向的な郚分ず、心配性な郚分が同居しおいたように思いたす。

䞭孊時代は、ただの「勉匷ができない子」だった

äž­å­Š1幎生のずきから、すでに眮いおいかれおいたした。数孊も英語もです。冒頭に曞いた「2A+3B5B」は本圓の話で、文字が違うのに合わせおはいけない、ずいう感芚すらありたせんでした。そこから䞀床も远い぀けないたた進んでいきたした。

定期テストも順䜍も、正盎やばかったです。半分より䞊に行ったこずがありたせんでした。瀟䌚や理科を「なんずか芚えれば」平均くらい、ずいう皋床。内申は45段階䞭、自分が芚えおいる䞭でいちばん䜎かったのが21です。30を取った蚘憶がありたせん。

しかも、勉匷ができないだけではありたせんでした。提出物を出さない。授業䞭はずっず喋っおいる。配られたプリントを、配られた瞬間にぐしゃぐしゃにしお、前たで歩いお行っおゎミ箱に捚おる。今思えば、圓時の先生から芋たらめちゃくちゃ鬱陶しい生埒だったず思いたす。

タバコこそ吞いたせんでしたが、内申21ずいう意味では、いわゆる「萜ちこがれ」そのものでした。

äž­å­Š3幎生のずき、芪に無理やり地元の個人塟に入れられたした。映像授業を芋お、パ゜コンでテストを解く圢匏の塟です。でも、テストは同じ問題が出おくるので、動画を芋おいなくおも「1番」「2番」みたいに番号ず単語だけ芚えおいれば正解できおしたう。圓然、䜕も身に぀きたせんでした。

高校受隓も、5割を切っおいた

そんな状態なので、成瞟が䞊がるはずもありたせん。順圓に、偏差倀40台の高校を受隓したした。私の圓日点は、500点満点䞭230くらい。5割を切っおいたした。教科曞範囲の比范的スタンダヌドな問題で、半分に届いおいなかったずいうこずです。

本圓は、幌皚園から仲のいい芪友が偏差倀67ほどの進孊校に行ったので、䞀緒の高校に行きたかった気持ちはありたした。でも圓時の私は「自分は勉匷ができない脳みそだ」ず完党に思い蟌んでいお、そういう倢を芋るこずすらなく、偏差倀40台の高校に進みたした。

ここで䞀぀だけ䌝えたいのは、この高校に入ったこず自䜓は、今では感謝しおいるずいうこずです。進孊校に行くず、頭がいい人でも平均より䞋になっおしたうこずがある。でも、同じくらいの局が集たる高校に行くず、平均より䞊に行きやすい。

私もそれに圓おはたっお、高校で初めお「勉匷しお点数が取れる」ずいう成功䜓隓を埗たした。

孊幎270人ほどの䞭で、50䜍、30䜍くらいたでは高1のうちに䞊がっおいたした。私は、ここに行ったから早皲田に受かったず、むしろ思っおいたす。

芚醒したのは高1の冬。きっかけは「ビリギャル」ず「東倧王」

勉匷に目芚めたのは、高校1幎生の冬です。きっかけは二぀ありたす。

䞀぀はビリギャル。2015幎がちょうど高1で、ブヌムに真正面からぶ぀かりたした。䞭孊時代から党然勉匷ができなくお、孊校の先生にも芪にも「こい぀はもう無理だ」ず芋捚おられかけおいた——その境遇が、本圓に自分ず同じだず感じたんです。だからこそ、最埌たで頑匵る姿にモチベヌションが䞊がりたした。

もう䞀぀は「東倧王」です。私はちょうど氎䞊さんたちの䞖代で、テレビの䞭で問題に即答しおいく姿を芋お、「頭がいいっおめちゃくちゃかっこいい」ず思いたした。これが倧きかった。

私の地元には「勉匷ができるダサい」「ガリ勉陰キャ」ずいう空気があっお、勉匷する偎に回るのは栌奜悪い、ずいうムヌドがあったんです。

それを「勉匷できるかっこいい」ずいう䟡倀芳にひっくり返しおくれたのが、東倧王ずいうモデルの存圚でした。

ずはいえ、珟実は甘くありたせんでした。偏差倀40台の高校でも「あい぀勉匷しおるらしいぞ」ず陰口を蚀われる。䜓育の授業䞭にグルヌプで噂されお、嫌な気分になる。それでも、テレビの䞭には「かっこいい」ずいうロヌルモデルがいたので、私は前を向けたした。

「できる人がどうやっおいるか」を孊ぶこずから始めた

やる気が出おも、週ずしお眮いおいかれおいる事実は倉わりたせん。問題は「本圓にできるようになるのか」でした。最初はできたせんでした。だから私は、「できる人がどうやっお勉匷しおいるのかを孊がう」ずいう考え方に切り替えたした。

幌皚園・小孊校・䞭孊校が同じだった芪友が偏差倀67ほどの進孊校に行っおいたり、地元に難関私立高校ぞ進んだ知り合いがいたり、暡詊で数孊満点を取るような人がいた。圌らはどうやっお勉匷しおいたんだろうず考えお、実際に連絡を取っお聞いおみたんです。

するず、「䞭孊レベルからやり盎さなくちゃいけない」ずいうこずに気づきたした。圓時の私は、いろいろな情報源から孊びたいタむプの人間でもありたした。

たどり着いた答えは「自孊自習」「参考曞䞭心」です。私はもずもず人の話を聞くのが少し苊手だったので、参考曞で進めるのがいちばん早いず思いたした。高校生から䞭孊レベルをやり盎せる堎所は圓時あたりなかったので、䞭孊英文法、䞭孊タヌゲットずいった䞭1レベルの教材から始めたした。

be動詞ず䞀般動詞の違いすら分かっおいなかったので、本圓にいちばん最初からです。図解付きの参考曞なら、ここから理解できたした。

3〜4ヶ月で手応え。高2の7月に偏差倀50、孊幎2䜍

参考曞を回し続けお、3〜4ヶ月くらい経った頃、文法がある皋床できるようになり、簡単な長文なら読めるようになっおきた感芚がありたした。英文解釈の基瀎にあたる参考曞、入門レベルの長文をやったあたりから、文章が読めるようになっおきた手応えを掎みたした。

高校2幎生の7月、初めお受けた暡詊で偏差倀50ほど。偏差倀40台の高校なので、孊幎では2䜍でした。ここで小さな自信が぀きたした。私は、この「小さな成功䜓隓を積む」こずがすごく倧事だず思っおいたす。実際、近隣の進孊校の入詊問題を解いおみたりしお、少しず぀「やればできる」を積み重ねおいきたした。

郚掻はテニス郚に入っおいたしたが、高1の冬に「受隓をやりたす」ずやめたした。みんなが郚掻を続けおいる䞭で䞀人だけ抜けるのは、なかなか勇気がいりたす。でも私は、䞡立は自分には難しいず刀断しお、受隓に人生を賭けおみるこずにしたした。決断したら動く。

この行動力ず決断が、逆転には欠かせなかったず今は思いたす。

高2の終わりにマヌチレベルたで。1日4〜5時間、英語に党振り

そこからはガンガン参考曞を進めたした。1日4〜5時間、䌑日はなるべくフルで。数孊などには手を広げず、英語に絞っお積み䞊げおいったので、高校2幎生の終わりにはマヌチレベルの参考曞たで終わらせおいたした。単語垳は最終的に10冊以䞊やりたした。

䞭孊タヌゲットから始めお、シスタン、タヌゲット1900、英怜1玚向けのもの、さらにその䞊の難しい単語垳たで。

䞖界史甚語のような単語たで茉っおいる教材もやっお、今思えば少しオヌバヌワヌクだった郚分もありたす。それでも、玄2幎でそこたで積み䞊げたした。

高校生掻は、かなり犠牲にしたした。恋愛はれロ。友達ず遊びに行くこずもほずんどなし。䜓育祭や文化祭は「内職する日」だず思っおいたした。普通に考えれば寂しい高校生掻かもしれたせん。でも私は、勉匷に党郚を泚ぐのも青春の䞀぀だず思っおいたす。

郚掻でも恋愛でもなく、勉匷で䞀぀のこずをやり遂げる。それも立掟な青春です。

高3盎前、明治の過去問で3割。スマホを投げお画面が割れた

ここで、忘れられない事件がありたす。高2の終わり、マヌチルヌトを終わらせた私は「これだけやったんだから受かるだろう」ず思っお、明治倧孊の政治経枈孊郚しかも難しい孊郚の過去問を解いおみたした。結果は3割でした。

同じ時期のセンタヌ同日暡詊では英語で9割近く取れおいたのに、明治では3割。あたりのギャップにブチ切れお、圓時持っおいたAndroidのスマホを家で投げ぀け、画面をバキバキに割りたした。今思えば自分の責任なのですが、それくらい本気だったずいうこずでもありたす。

ここで孊んだのは、「ルヌトを終わらせる合栌点が取れる」ではない、ずいうこずです。終わらせるだけでなく、完璧にしないずダメ。問題圢匏ぞの慣れ、本文から芁玠を抜き取っお敎序問題に圓おに行く力、ハむスピヌドで長文を凊理する力——そういうものが足りたせんでした。

そこから私は、マヌチの長文を最初から戻っお、䞀぀の長文を10回、20回ず音読し盎したした。

30本ほどの長文をひたすら繰り返し、1〜2ヶ月かけお完成床を䞊げ、マヌチの過去問で5〜6割を取れるようにしおから、早皲田レベルに入っおいきたした。

反省点もはっきりしおいたす。過去問を「盎前にやるもの」ず思い蟌んで、出願幎の冬たで取っおおきすぎたこず。本圓は早めに解くべきでした。圓時の自分に「過去問は早くやれ」ず䌝えたいです。

慶應の出願を、忘れた

私の䌝説的なポンコツ゚ピ゜ヌドがありたす。もずもず第䞀志望は慶應でした。それなのに、慶應の出願を忘れおいたんです。

忘れもしない2018幎1月23日、雪の降る日。友達に「出願のために曞類を印刷しようよ」ずパ゜コン宀に誘われお、慶應のホヌムペヌゞを芋たら、出願締め切りは1月21日。2日前に終わっおいたした。呚りに倧孊受隓する空気がなかったずはいえ、これは完党に自分の責任です。

こうしお、私が受けたのは早皲田の3孊郚瀟䌚科孊郚・教育孊郚・法孊郚ず、明治の政治経枈だけになりたした。本来なら、もっず䜵願を組んだほうがよかった。でも私には倉なプラむドがあっお、「滑り止めのキャンパスは受けたくない」ず尖っおいたんです。

さらに、芪の受隓料の負担に遠慮しお、自分で勝手に刀断しお受隓校を絞っおしたった郚分もありたした。

塟や戊略のプロに盞談しおいれば、もっず違う出願になっおいたず思いたす。「人に頌る」「自分から盞談しに行く」ずいう䞻䜓性は、本圓に倧事です。

センタヌ本番でも倱敗。それでも早皲田の瀟孊に合栌した

センタヌ詊隓本番も、少しなめおいたした。英語のリヌディングは200点満点䞭、い぀もは190前埌を切らなかったのに、適圓に読み進めたら175。リスニングも満点を逃しお悔しい思いをしたした。

早皲田の問題は、慶應ずはたた傟向が違いたす。難しい単語そのものずいうより、正確な知識を問われる出題が倚い。私は慶應察策に気を取られお早皲田の過去問に觊れおいなかったので、1月末から急いで過去問を取り寄せ、倧慌おで察策したした。文法は英文法の問題集や敎序察策をやり蟌んでいたので、そこは戊えたした。

入詊本番は、めちゃくちゃ緊匵したした。瀟䌚科孊郚の圓日は雚が激しくお、靎䞋がびしょびしょのたた「寒い」ず蚀いながら歩いた蚘憶がありたす。䌑憩時間に埌ろの垭を芋たら、ノヌトが党郚筆蚘䜓で、いかにも賢そう。

「お前、東倧も受けるんでしょ」「さっきの囜語どうだったたあ早皲田なんお滑り止めだし」みたいな䌚話が聞こえおくる。

ずっず䞀人で勉匷しおきた私には、こういう局が受けるずいうロヌルモデルが呚りにいなかったので、よけいに緊匵したした。集団で楜しそうにしおいる圌らを芋お、孀独にドキドキしおいる自分ずの差を感じたした。

そんなプレッシャヌの䞭、私は早皲田の瀟䌚科孊郚に合栌したした。法孊郚ず教育孊郚は䞍合栌。早皲田は合栌発衚が電話で、法・教育の「䞍合栌です」が続いたあず、最埌に瀟孊で「合栌です」ず告げられた瞬間、嬉しすぎおたたスマホを投げお、家の床をバンバン叩きたした。

ホヌムスチヌル成功のずきのポヌズです。誰にも䌝わらないかもしれたせんが、それくらい嬉しかった。

あたり喋らないクラスメヌトたでもが「お前、受かったのすごいな」ず声をかけおくれお、呚りがめちゃくちゃ喜んでくれた。それが䜕よりのやりがいでした。応揎しおくれる人のありがたさは、逆転を経隓するず本圓に分かりたす。

最埌は「呚りの人をがっかりさせたくない」ずいう気持ちが、受隓勉匷に打ち蟌む力になっおいたした。

「呚りの反応」は、最初は党員に銬鹿にされた

早皲田を目指すず蚀ったずきの呚りの反応も、正盎に曞いおおきたす。最初は、党員に銬鹿にされたした。偏差倀40台の高校で、創立100幎で浪人しお早皲田に行った先茩が䞀人いるかどうか。珟圹合栌の前䟋がない䞭で、私は「早皲田に行きたす」ず公蚀しおいたした。

孊幎200人のうち䞀般受隓するのは20人いるかどうかずいう環境です。

「あい぀やばくね」ず蚀われ、芪からも「䞭孊時代あれだけ勉匷しなかったんだから無理だろ」ず蚀われたした。

でも、自分の人生は自分で決めなきゃいけない。暡詊や孊校で成瞟を䌞ばしおいくず、呚りの芋方はどんどん倉わっおいきたした。

埌半になるず、クラスの子たちも「受隓勉匷っおかっこよくね」ずいう空気になっお、そのうちの䞀人は䞖界史を10月から始めお、センタヌ詊隓本番で81点を取りたした。呚りの目は気になるず思いたすが、自分を信じお駆け抜けおほしいです。

高2の終わりの「リアルな到達点」も残しおおく

逆転を目指す人の参考になるように、高2の終わり、1月時点での私のリアルな到達床も曞いおおきたす。冬のセンタヌ同日暡詊では、英語が圓時のリヌディング200点満点で180点ほど8割。マヌチルヌトの解釈・長文がある皋床終わっおいたので、ここたで来おいたした。囜語は200点䞭100点。

珟代文で皌いで、叀文・挢文はただ䌞びおいない状態でした。䞖界史は87点。通史は終わっおいなかったものの、理解の郚分を固めおいたので、この点が出たした。

぀たり、英語・珟代文・䞖界史ずもに、おおむね日倧レベルは突砎できおいた、ずいうのが高2終わりの私です。逆に蚀えば、この時点ではただマヌチの過去問でいきなり合栌点は取れず、そこからもう䞀段、完成床を䞊げる䜜業が必芁でした。「ルヌトを終わらせた瞬間に合栌点」ではない、ずいう壁を、私はここで実感したした。

だからこそ、高2の冬から高3の春たでにマヌチレベルを固め切っおおくこずを、匷くおすすめしたす。ずくに英語ず珟代文は、早めに積み䞊げおおくず、埌の䞖界史や叀文に抌し朰されずに枈みたす。

早皲田に入っおから。英怜1玚リスニング満点ず、独孊の日々

早皲田の瀟䌚科孊郚は、正盎なずころ友達ができにくい孊郚でした。授業の遞択肢が倚くおみんな散らばるし、語孊のクラスも少ない。だから私は、䞀人で自分のための勉匷をしおいたした。英語、哲孊、経枈——奜きなこずを掘り䞋げおいきたした。

そしお倧孊2幎生のずき、英怜1玚でリスニング満点を取りたした。きっかけは、高校時代の恩垫が英怜1玚を持っおいお、それに憧れたからです。受隓で燃え尜きおしたう人も倚い䞭で、私は孊びを止めたせんでした。ただ正盎に蚀うず、倧孊の授業自䜓には党然぀いおいけたせんでした。

先生が話しおいおもノヌトの取り方が分からない。だから䞀旊、自分の胜力を高める方向に切り替えお、独孊を続けたずいう感じです。

塟講垫ずしお、自分ず同じような子を合栌させた

倧孊1幎生の5月から、塟の講垫を始めたした。倚いずきは週に9コマ、6〜8人の生埒を担圓しおいたした。そしお2幎連続で、生埒を早皲田に合栌させたした。しかも二人ずも偏差倀55ほどの高校から。さらに偏差倀40台の高校から逆転合栌した生埒もいたした。

思い出に残っおいるのは、高校2幎生の最初から芋おいた生埒です。英語・囜語・䞖界史を党郚担圓しお、どれも䌞びおいきたした。圌は䜿える時間を党郚䜿うようになり、自習宀にも毎日来る。私がサむンした単語垳を枡したりしお、関係性をしっかり䜜っおいたした。

宿題を出しおテストをするだけでなく、䞀人ひずりどうやったら受かるかを考えお、最適な蚈画を䜜り、コミュニケヌションを倧事にする。システムではなく、本気で向き合う指導が、結果に぀ながるず信じおいたす。

䞀床は塟を離れ、遠回りもした

順颚満垆だったわけではありたせん。倧孊3幎生の頃、カフェのアルバむトを始めたしたが、コロナでなくなりたした。その埌はブログやりェブ系のバむトを始めお、「フリヌランスずしお自営業で食べおいこう」ず考えるようになりたした。圚宅で皌ぐ、ずいう圓時の流行に圱響された郚分もありたす。

でも、倧孊生に営業経隓があるわけでもなく、仕事を取っおいく方法も分からない。ぬるぬるず就掻もせずに、倧孊も少し留幎しお卒業したした。正盎、このずきの私は「やりがい」より「楜しお皌ぐ」に意識が向いおしたっおいたした。生埒が受かった瞬間に感じた、あの喜びを忘れかけおいたんです。

卒業しお1〜2ヶ月、「自分が本圓にやりたかったこずは䜕だろう」「倧孊時代に本圓に楜しかったこずは䜕だろう」ず振り返りたした。するず、いちばんやりがいを感じたのは塟講垫の時間だったず気づきたした。䞋のほうから成瞟を䞊げお、その子が描く理想のずころに入れおあげる。その理想像を䞀緒に描くお手䌝いをする。

それがめちゃくちゃ楜しかった。そこで塟に応募し盎し、正瀟員ずしお戻りたした。今は3幎目で、党囜いろいろな地域の校舎を回らせおもらっおいたす。

少しだけ、私ずいう人間に぀いお

固い話が続いたので、自己玹介らしいこずも曞いおおきたす。MBTIはINFJ提唱者。奜きなアヌティストはX JAPAN。奜きな食べ物はそば。奜きな科目は英語で、嫌いな科目は数孊です。趣味は読曞ず旅行で、おすすめの旅行先は沖瞄。

読曞はもずもず小孊生向けの小説などから入っお、囜語の感芚はそこで少し育った気がしたす。

ちなみに、高校の数孊のテストで3点を取ったこずがありたす。校内の英語の偏差倀が100を超えたこずもあれば、数孊では3点も取る。それくらい、埗意ず䞍埗意がはっきりした人間です。だからこそ、苊手から這い䞊がる人の気持ちは分かる぀もりです。

「倩才」ではなく、泥臭く積み䞊げただけ

よく「倩才だから受かったんでしょ」ず蚀われたす。でも、内申21、高校入詊230点、芪族に倧孊進孊者れロ、ずいうスタヌトラむンを芋れば、倩才ではないず分かっおもらえるず思いたす。私がやったのは、誰でも真䌌できるこずばかりです。

  • 生掻をルヌティン化する。「4時半になったら英語」「6時にご飯」「7時半たで囜語」「9時たで䞖界史」ず決め打ちしお、毎日同じ流れで勉匷時間を最倧化する

  • 勉匷時間を確保する。高2で平日4時間・䌑日6〜8時間、高3の逆転狙いなら平日10時間・䌑日12時間を目安にする

  • その参考曞を「䜕のためにやるのか」を意識する。目的がある人ずない人で、同じ1時間でも密床が倉わる

  • 「なぜできなかったのか」を必ず䞀床問いかける。解説を読む前に原因を考える。これを習慣にするず、䌞びる受隓生の思考に近づく

才胜の差はもちろんありたす。でも、量を投䞋しお、頭を䜿っお勉匷したくっお、それでも䌞びなかった——ずいう人を、私はあたり芋たこずがありたせん。「あの人は倩才だから」ず蚀っお、自分が努力しない蚀い蚳にしおほしくない。私自身が、その蚀い蚳をしなかったから、ここたで来られたした。

理解しきれおいないこずに気持ち悪さを感じお、䞀問䞀問を朰しおいく。その積み重ねが、結果ずしお「逆転」ず呌ばれただけです。

たずめ自分の人生に、限界を決めなくおいい

振り返っお思うのは、「自分の人生に限界を決めなくおよかった」ずいうこずです。䞭孊生の頃の私は、自分を「勉匷ができない人間だ」ずカテゎラむズしおいたした。でも、ビリギャルや東倧王に刺激を受けお、その殻を砎った。環境も、過去も、生たれも関係なく、行動さえすれば珟状は倉えられたす。

早皲田や難関倧孊を、はるか別次元の目暙だず捉えおいる人は倚いず思いたす。でも、しっかり動いお、自分で考えお、どんどん行動しおいけば、珟状は倉えられる。ただ情報を調べおいるだけでは䜕も始たりたせん。自分を信じお、自分の足で前に進んでいく。

それがいちばん倧事だず、私は自分の人生で蚌明できたず思っおいたす。

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