非合理が生んだ中国のガールズバンド人気
中国では『ぼっち・ざ・ろっく!』『MyGO!!!!!』『ガールズバンドクライ』といった日本のガールズバンド作品が爆発的な人気を誇っています。

これら3作品が社会現象とも言えるブームを巻き起こしている一方、中国国産のガールズバンド作品は「ほぼ皆無」と言ってもいい状態です。
なぜ、中国の若者はこれほど日本のガールズバンド作品を支持するのか。そしてなぜ中国はブームに追従できないのか。
この記事では背景にある中国社会と産業構造から、その理由を考察しました。
「中専少女バンド」とネズミ文学
『ガールズバンドクライ』は一部で「中専少女バンド(中专少女乐队)」と語られています。

「中専」とは中等専門学校のことで、いわゆる技術や技能を学ぶ職業学校です。そして学歴至上主義の中国で、この言葉は受験競争の負け組、もしくは社会の底辺という差別用語として機能しています。
「中専」という言葉が中国の過酷な学歴社会を表す一方で、階層の固定化と、それに伴う無力感も現れています。
それを裏付けるように2023年から2024年にかけ、中国のSNSで「ネズミ文学(鼠鼠文学)」という言葉が流行しました。若者の文脈で「ネズミ」とは自分たちを自嘲する象徴です。

この「ネズミ文学」は熾烈な競争から振り落とされた絶望や虚無感を、あきらめ混じりのユーモアで表現するネットミームとして広がりました。

二流大学のボクは、一流大学が本当に羨ましい
誰かに「どこの大学に通ってる?」って聞かれたとき、最初は堂々と答えてた。だけど相手が学校名を聞いた途端に急に冷たくなったり、見下したりするのを何度も経験して…。だんだん人前で自分の大学を言えなくなって、今じゃどこに通ってるか聞かれるのが怖くて避けてる。
以前に紹介した「中等専門学校のネズミの大冒険」という作品も、このネズミ文学の亜流です。
この作品が示唆するように中国において「中専」というラベルを貼られた人々は、社会の最下層とみなされています。
当然、高価な楽器を買い、バンドを組むような金銭的・精神的余裕などありません。
『ガールズバンドクライ』のメンバーの多くは高校中退であり、中専生ではありません。
それにもかかわらず中国で「中専少女バンド」と呼ばれる理由の一つは、中国社会でこのような物語は現実的に不可能で「将来的に工場で働く少女が在学中に見ることのできる最後の幻想」とみなされるからです。
落書きと無言の抗議
中国の若者たちは、この学歴社会をどのように考えているのか。それを象徴する一つのエピソードがあります。
かつてSNSで一つの落書きが波紋を呼びました。

でも、才能のない人たちはどうなるのですか
彼らの人生は最初から浪費されたのでしょうか
先生、どうして答えてくれないのですか
その後、この落書きは職員によって塗りつぶされました。

中国において哪吒は「宿命に抗い、自らの努力で成功を勝ち取る英雄」のシンボルです。この塗りつぶしは「泣き言を言わず、運命に勝て」というメッセージとして受け取られました。
そして、この出来事のあとSNSでは落書きにアニメキャラを配置する投稿が相次いだのです。

菅原孝支(ハイキュー!!)
ロック・リー(NARUTO)ちいかわ
坂田銀時(銀魂)日向創(スーパーダンガンロンパ2)
モブ(モブサイコ100)
これらのキャラからは「才能の欠如」「努力と限界」「本当の自分/平凡であることへの肯定」が読み取れます。
落書きの主意である「才能のない者の人生は、最初から浪費されたものなのか?」という問いに対して、ナタのメッセージは「運命に勝て、勝たなければ意味がない」という強者の論理です。
それに対して、若者たちはロック・リーやちいかわを置くことで「勝てなくても、才能がなくても、ただ生きていることに価値があるはずだ」という生存権の主張を行っているのです。
この落書きと抗議から見えてくるのは
社会は「成功するように努力」を求めている
若者が求めているのは「人生」の権利
この社会と個人で矛盾する2つのレイヤーです。つまり「中専少女バンド」という言葉は、社会のレイヤーが生み出した学歴差別であると同時に、社会で許容されない、弱者が評価される物語への憧憬でもあるのです。

筆者は日本より中国で人気があるように思える
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