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江之浦測候所に行ってきた── アートは知識で観るか、感性で味わうか


江之浦測候所という体験

昨日、神奈川県小田原市にある江之浦測候所を訪れました。
海を一望する断崖に建つこの施設は、建築家・現代美術家の杉本博司氏が構想した「太陽と宇宙の時間を体感するための場所」です。


冬至の朝日が差し込む角度や、古代石材が語る歴史、能舞台やガラスの回廊。
一つひとつが意図的に配置され、まるで大地と天体の動きを“建築”で表したよう。

あまり事前情報を調べずに行った私がその場で感じたのは「なんか好き」「なんとなく心地いい」という感覚と、「なんだろうこれは?」という瞬間が混じったものでした。


知識と感覚、その両方が見せる景色


一緒に訪れた友人たちはそれぞれに違っていました。
今回の訪問は、Brain Workout Journeyという学びと探究を目的とした仲間たちと一緒でした。
太陽の位置と建物の向きが示す意味、石材が持つ時代背景、作者が他の作品で表現してきたテーマ。
彼らはそれぞれの知識と興味の観点から、作品の奥に潜む物語を語っていました。

鑑賞後にお酒を飲みながらそれらを聞いた私は、素直に尊敬の念を抱きました。
「ああ、そういう視点があるのか」と。
同じ空間を見ていても、彼らの体験は何層にも広がっていたのです。

また、一方で、ただひたすらに自分の感覚の気づきに集中していた人もいます。
そこで自分が何を感じ取るのか、自分の中に何が起こるのか、自分の知っている知識とどう結びつくのか。
これもまた素敵だなと思いました。
(私はこちら寄りでした)

光と影の遊び
問答無用でわくわくするよね
入れ子状の矩形がつくる遠近感
人工と自然の二重のフレームと消失点にある石


感じることだけで十分なのか


事前に知識を持って鑑賞するのと、何も知らずにただ「いいな」「きれい」と感じるのとでは、どちらが豊かな体験なのだろうか。
ふと、考えてみました。
アートはあらかじめ学んでから向き合ったほうがいいのか、それともまっさらな感覚で出会うほうがいいのか。
その答えに優劣はつけがたく、どちらにも異なる良さがあるのかもしれません。

神経科学の研究では、人は美しいものを見た瞬間、知識の有無にかかわらず報酬系が反応し、幸福感を生み出すといわれます。
好き・心地よい・惹かれる。
これ自体が立派なアート体験です。


知識は「見える層」を増やしてくれる


一方で、知識は鑑賞体験を深める断面を増やします。
歴史や科学、作家の意図を知ることで、同じ作品が全く違う顔を見せる。
江之浦測候所でいえば、冬至の朝日に合わせて設計された石の回廊や、古代の石が語る文化の系譜に気づくと、「美しい」から「宇宙のリズムを体感した」へと体験が変わります。

知識は感覚を縛るものではなく、感じられる面を増やすもの。
その上で、自分の人生や問いに重ねて内面で響かせる。
ここにアートの醍醐味があると感じます。

自分の言葉で味わう


大切なのは、感じたことを自分の言葉で確かめてみることかもしれません。
「なぜ好きなのか」「なぜ心が動かなかったのか」。
正解を探すというよりも、自分の内側を丁寧に聴く時間が、知識にも劣らずアートを深めてくれると実感しました。

ただし、言語化は必須ではありません。
その瞬間の曖昧さや余白をそのまま味わう時間は、言葉に置き換えないからこそ豊かに残る。
一方で、誰かと語り合いながら言葉を選ぶことで、体験が深く結晶することもある。
そのどちらを選ぶかは、自分がその作品から何を受け取りたいかによって決まればいい。
沈黙と対話のどちらも選べる自由があること、そして言葉を交わすなら誰と語るかが、その体験の深さを決めていくのだと思います。

広大なみかん畑


そしてこの場所が立ち上げられた理由を、杉本博司氏はこう語っています。

人類史の中で芸術は人類の意識の発生と共に生まれました。そして芸術はその原初において宗教とも深く結びついて、人間が住むこの神秘的な世界を意識化するという努めにいそしんできました。絵画、彫刻、音楽、演劇は、幾代ものミレニウムの時を経て、そして幾多の様式的な変遷を重ねて今日に至っています。そして今、私達は人間と世界の係わり方を再考しなければならない時代に至っています。私達がこの意識化された世界とどのように係わってきたのかを、芸術の歴史を遡って見つめ直すことが、これからの人類が向かうべき行き先を考える上で重要な意味を持つように思われます。

(中略)

世界はその昔、神秘に満ちていました。多くの事が意識化され理解された今、人類意識の新しい地平を私達は見いださなければならないのです。

小田原文化財団 ミッションより引用


感覚と知識、沈黙と対話を往復する時間は、人類が世界をどのように意識してきたのか、そしてこれから意識をどう育てていくのかという問いを、自分の体験として感じさせるものでした。
そして今回の記事で書いてきた「感じる」「理解する」「言葉にする」というすべての営みは、小田原文化財団が掲げる「人間と世界の関わりをもう一度見つめ直し、新しい意識の地平を探る」というミッションと深く響き合い、多様な視点を持つ仲間と共有できたこと自体が何よりの豊かさでした。



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