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訃報とタイムラグ

落語家の蜃気楼龍玉が亡くなった。享年53。
6/18にSNSで公表され6/19の新聞には訃報が載っていた。
心不全によるものらしいが、たいそうな酒豪だったからそれが原因だろう、というのが大方の予想である。

実際に逝去されたのは6/11で、家族葬も終えた後で公表されたらしい。

そういえばこの落語家の会は中止が続いていた。
体調不良と思ったファンの励ましの言葉もあったりした。
でもとうに亡くなっていたのだ。 

このタイムラグは悲しい。
だって落語家達は真実を知っていたのだ。

とあるツイートによれば、龍玉師匠の同期の某師匠が、6/11の自分の会でマクラで共に働いた前座時代の話をしたとのことである。
その真意が6/18の公表によって知れたわけである。

高座の落語家は手前に扇子を置いて客との間の結界にする。
同じ場にいても噺家と客とは立場が違うのだ。

扇子の結界の向こうで思い出を語る某師匠。
その時その場には悲しみを共有できる客は一人もいなかっただろう。
ただ面白可笑しい前座修行のエピソードとして笑って聞いたのだろう。
胸が痛いなぁ。

他の落語家達も仲間の死を知りながら公表まで黙って落語をしていたのだ。
その胸中察して余りある。

ところで。
ごく正直に言うならば、私自身は特に蜃気楼龍玉のファンではない。
寄席や落語会で見たことがあるだけである。 

人間国宝、五街道雲助の3番弟子である。 〝殺しの龍玉〟の異名を取るほど悪漢や殺人物が得意だった。
でも最近では、他の落語家が作った新作落語にも挑戦していた。

殺しより笑いの方が好きな私は、龍玉師匠の新作ネタおろしをわざわざ聞きに行ったものである。
新作への挑戦がまた古典にも生かされて、きっと芸も変化して成長するんだろうなぁ……などと思った矢先のことだった。

そもそも享年53なんて今時早すぎる。

まして落語家ともなれば、40〜50代はまだ若手と言われるのだ。
60〜70代はおろか80〜90でも現役で高座に上がっているのだ。

ヨボヨボの爺様が高座に上がって時に登場人物の名前を忘れたり、噺がループしたりするのが寄席の醍醐味(?)ってもんである。

蜃気楼龍玉師匠のような芸風なら老いてこそ真骨頂を発揮しそうな気もしたのに。
いやもし仮にそうなったとしても、私はわざわざ聞きには行かないだろう。
それでも寄席にはいて欲しいのである。

思った以上に落語家と客というのは距離が近い。
だから落語家は扇子を客との結界にするのだろう。
それでも心は近づいてしまうのだ。
さしてファンでもない私でさえ、その旅立ちを悲しく思ってしまう。
寄席が寂しくなるなぁ……と、しょげてしまう。

そんなようなタイムラグ付きの訃報だったのだ。

謹んで龍玉師匠のご冥福をお祈りします。






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