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百年前の人から、今の私へ

今日も二階のリビングで書いている。

今週は有休消化で、十連休になった。

本当は少しずつ休みたかったのだけれど、会社のルールでまとめて取ることになった。

まぁ、せっかくなので、のんびりさせてもらおう。

……と言いながら、明日はちょっと気になるエレベーターの試験がある。

少し見てみたくて、内緒で現場に行ってこようかと思っている。

そんなことを考えながら、先ほどまで一時間ほど、ベランダのソファーに座っていた。

目の前には病院の森。

その向こうの空を、ツバメが数匹、時には数十匹で飛び回っている。

ブーメランのような形をした小さな体が、くるくると方向を変えながら飛んでいく。

ランダムに見えて、時には一斉に向きを変え、編隊を組む。

あんな小さな体の中に、こんな高度な飛行システムが備わっていると思うと、不思議な気持ちになる。

その後ろを、飛行機がイスタンブール空港へ向かっていく。

人間が作った高度な飛行機と、はるか昔から空を飛び続けているツバメ。

それを眺めていると、その仕組みを作った存在のことまで、つい考えてしまう。

さらにその向こうには、昼間の白い月が、おとなしく、うっすらと笑っていた。

家では、奥さんが掃除や洗濯をしている。

息子くんは相変わらずハードな仕事で、夜に出ていって、夕方に帰ってくる。

先週、奥さんが夏の家に行っていて、息子と二人きりになった。

私は、息子と二人きりになると、なんとなく間が持たなくて、少し避けてしまうところがある。

息子も、奥さんがいるほうが話しやすいようだ。

だから、その日は帰ってこないだろうと思っていた。

私は簡単なものを作って、一人で食べようとしていた。

すると息子が帰ってきた。

即席ラーメンを作って、

「ご飯食べる?」

と声をかけてくれた。

たったそれだけのことなのだけれど、ありがたいなと思った。

私は、積極的に人との距離を縮めていくタイプではない。

息子に対しても、そうなのだと思う。

母も、私に対してそんなところがあった。

気持ちを言葉にするのが、あまり得意ではない。

もしかしたら、私も母に似ているのかもしれない。

そんなことを思った。


週末、個人のクラウドに入っている昔のデータを整理していた。

2002年頃の写真やメールなど、いろいろなものが出てきた。

その中に、懐かしい写真があった。

私の曾祖父の写真だった。

古い写真をデジカメで撮ったものだ。

原本は、父方の叔父の家にある。

初めて見せてもらったのは、2006年頃だったと思う。

私はトルコへの引っ越しを決めていた。

でも、不安もあった。

もう日本へ、あまり帰ってこられないかもしれない。

そんな思いで、親戚や友人に挨拶をしていた頃だった。

叔父の家に行ったとき、おばさんが、

「そういえば、おじいさんも海外に行ったことがあるわ」

と言って、古い写真を出してきてくれた。

そこには三枚の写真があった。

曾祖父本人と思われる写真。

そして、ロサンゼルスで日本の商材を扱う店で働いていた頃のお店の写真と、店の中の写真。

1910年代頃の写真だった。

そんな時代に、日本からアメリカへ渡った曾祖父。

何を思い、何を考えて海を渡ったのか。

私は何も知らない。

けれど、その写真を見たとき、トルコへ引っ越そうとしていた私の不安が、少し和らいだ。

百年以上も前に、同じ家族の中に、海を渡って新しい場所へ向かった人がいた。

その事実だけで、少し勇気をもらったのだと思う。


今回、クラウドの中からその写真を見つけて、久しぶりにそのことを思い出した。

百年以上も前の人の行動が、今の私の力になっている。

なんだか不思議な気持ちになる。

曾祖父は、自分の行動が百年以上後の誰かを励ますことになるなんて、もちろん知らなかっただろう。

ただ、その時代を生き、自分の人生を歩いただけなのだと思う。

でも、その姿が、時を越えて私のところまで届いた。

そう考えると、今こうして書いていることも、少し違って見えてくる。

今は、タイムカプセルを埋めなくてもいい。

写真も、言葉も、記録も、電子の世界に残しておける。

何十年後、何百年後に、誰かが偶然見つけるかもしれない。

そして、

「このとき、この人はこんなことを考えていたんだ」

と思うかもしれない。

もしかしたら、その言葉が、その人の人生のほんの少しの力になることもあるのかもしれない。

そう思うと、今こうして書いていることが、なんとなく嬉しくなる。

百年前の人から、今の私へ。

そして、

今の私から、まだ見ぬ次の世代へ。

何かを残すなら、

知識だけではなく、

生きている中で感じたことや、

誰かを思った気持ちや、

少しだけ前を向けるような言葉を残していきたい。

いつか、誰かがクラウドの片隅で見つけてくれたとき、

「なんだか、少し元気が出たな」

と思ってもらえるようなものを。

そんなものを、少しずつ残していけたらいいなと思う。


店の前


ひいじいちゃん


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