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沿岸域の「ブルーカーボン」はどこまで測れるのか――海草・マングローブの炭素会計の不確実性

本記事はHuman curated AI生成記事です
詳しくはマガジンの説明文を確認してください

ブルーカーボンは、海草藻場やマングローブなどの沿岸生態系が炭素を固定・貯留する機能として注目されてきたが、その気候便益をどこまで正確に会計できるかは依然として大きな論点である。問題は、堆積物中の炭素量そのものではなく、その炭素のうちどこまでが当該生態系に由来する追加的な固定なのか、またどの程度長期に安定して残るのかを、どこまで信頼できる方法で測定できるかにある。本稿では、沿岸生態系の炭素会計を、起源識別、長期安定性、面積推定、側方流出という複数の論点から整理する。加えて、2024年の Nature Communications 論文が示した mangrove 土壌炭素の自生・外来起源の世界的再評価や、2023年の同誌論文が示した mangrove・saltmarsh からの無機炭素側方流出の重要性といった具体例を通じて、ブルーカーボン研究が『堆積物中有機炭素量』中心の段階から、炭酸系全体を含む精密な会計段階へ移りつつあることを示す[1][6][7]。そのうえで、日本でブルーカーボンを制度や実装へ接続する際に必要な厳密さと不確実性管理の条件を論じる。


なぜブルーカーボンは『沿岸に炭素がある』だけでは評価できないのか

ブルーカーボンという言葉は、海草藻場やマングローブ、塩性湿地のような沿岸生態系が炭素を固定し、堆積物の中に長く蓄積する可能性を示す概念として広く定着してきた。しかし近年の研究は、単に「堆積物に炭素が多い」ことと、その生態系が気候緩和にどれだけ追加的に寄与したかを同一視できないことを明確に示している。問題は、堆積物中の炭素総量そのものではなく、その炭素のどこまでが当該生態系の光合成由来なのか、外部から運ばれてきた炭素をどう扱うのか、どれだけ長く残るのか、そしてその全体をどの境界で会計するのかにある。

この問いが重要なのは、ブルーカーボンが保全論にとどまらず、炭素クレジット、自然資本評価、沿岸再生投資の根拠として使われ始めているからである。もし堆積物中の炭素量をそのまま便益として数えれば、外来炭素や攪乱リスクを見落として、実際より大きな気候便益を主張してしまうかもしれない。逆に、側方流出や炭酸系の変化を無視すれば、本来ある便益を取りこぼす可能性もある。ブルーカーボンで問うべきなのは「有望かどうか」ではなく、「どの炭素を、どの境界で、どこまで測れているのか」である。

図1: ブルーカーボン会計の境界図(自生炭素、外来炭素、側方流出、再放出)

ブルーカーボンの会計を難しくするのは、起源混合・攪乱・側方流出である
ブルーカーボンの評価が難しい第一の理由は、沿岸堆積物中の炭素が必ずしもその生態系だけで生産されたものではないからである。河川から運ばれた陸上起源有機物、外洋や近隣生態系から運ばれた粒子、有機炭素の再懸濁・再堆積が混ざり合うため、堆積物に炭素が多いことと、その生態系が大気から追加的に CO₂ を除去したことは同義ではない。この問題は、外来炭素をどう扱うかという会計境界の核心に直結する[1][4]。

第二の理由は、沿岸域が本質的に動的であることだ。嵐、侵食、浚渫、開発、海面上昇、生物擾乱によって、いったん堆積した炭素が再び分解・再懸濁されて戻る可能性がある。とりわけ、海草藻場やマングローブが安定な貯留場であるかどうかは、堆積速度だけではなく、攪乱に対する持続性を含めて評価しなければならない[5]。

第三の理由は、会計境界が有機炭素埋没だけでは閉じない可能性である。近年は、沿岸湿地やマングローブから海へ出ていく溶存無機炭素やアルカリ度、すなわち inorganic carbon outwelling が炭素隔離の一部を担うという議論が強まっている。もしこれを無視すれば、従来の埋没有機炭素中心の会計は全体像を取りこぼす可能性がある[6]。

起源識別・時間スケール・空間代表性は、どのケースで問題になるのか

起源識別の難しさを最も明瞭に示した事例の一つが、2024年の Nature Communications 論文である。この研究は、世界各地のマングローブ堆積物を安定同位体データで再解析し、表層1mの土壌有機炭素のうち、エスチュアリー型では平均して約半分、海成型では6割強がマングローブ由来である一方、残りには外来炭素が大きく関与することを示した[1]。重要なのは、マングローブが有力な炭素貯留生態系であることを否定したわけではなく、堆積物中の全炭素をそのままクレジットに換算することの危うさを具体的に示した点にある。つまり、起源識別がないまま大きな数字だけを使うと、便益配分を誤る可能性がある。

海草藻場でも、同じ問題は別の形で現れる。2023年の Communications Earth & Environment 論文は、バハマの広大な海草藻場を対象に、表層1m堆積物中に大きな有機炭素貯留が存在することを示した一方、堆積物の形成過程では海草自身だけでなく、シアノバクテリアや周辺生態系由来成分の寄与が時間とともに変化した可能性を示した[3]。このケースは、面積が広く堆積量の大きい生態系ほど、起源の混合や履歴効果を丁寧に見なければならないことを示す。面積の大きさが、そのまま会計の単純さを意味するわけではない。

図2: 海草藻場とマングローブの炭素固定・堆積・攪乱リスクの比較

時間スケールも重要である。ある時点で高い堆積速度が観測されても、それが数十年スケールで安定して続くとは限らない。逆に、一時的に小さく見えても長期的には安定な貯留場になっている可能性もある。沿岸域では、この時間スケール問題が攪乱リスクと結びつくため、短期観測だけでは便益を見誤りやすい[5]。したがって、ブルーカーボンを制度に乗せるには、コア試料、年代測定、攪乱履歴の復元、面積変動の追跡をつなげた評価が必要になる。

さらに、温室効果ガス全体で見たとき、埋没炭素だけでは不十分な場合がある。2023年の Communications Earth & Environment 論文は、海草藻場における CH₄ 放出がブルーカーボンの気候便益を押し下げうる一方、N₂O の吸収的挙動が一部でそれを補うことを示した[2]。これは、堆積物炭素だけを見て『どれだけためたか』を語るだけでは、実際の気候便益は分からないことを意味する。

研究は、起源解析・統合 MRV・制度設計の精密化へ進んでいる

現在の研究が向かっている方向は、第一に起源解析の高精度化である。安定同位体比、C/N 比、脂質バイオマーカー、放射性炭素を組み合わせ、堆積物中の炭素がどこから来たのかを多面的に判定する試みが広がっている。マングローブの世界比較研究が示したのは、こうした起源解析が、単なる学術的関心ではなく、クレジット配分や会計境界を左右する実務的問題であるということだ[1]。

図3: 起源識別から面積推定、長期安定性評価までの MRV フロー図

第二に、面積推定と現地採泥、炭素密度測定、起源解析をつないだ統合 MRV が模索されている。衛星画像、ドローン、潮位補正、機械学習分類によって空間分布を把握し、そのうえで底質コアや炭素起源解析を重ねる設計である。とりわけ海草藻場では、濁水、水深、季節変動の影響で見落としや誤判別が生じやすいため、空間把握だけでは不十分で、現地情報との接続が不可欠になる[3]。

第三に、会計境界を広げる研究が出てきている。2023年の Nature Communications 論文は、マングローブと saltmarsh からの porewater 由来の溶存無機炭素・アルカリ度の側方流出が、埋没炭素と同程度かそれ以上に重要な炭素隔離経路になりうることを示した[6]。この知見は、ブルーカーボン研究が、単純な堆積有機炭素量評価から、炭酸系全体と側方流出を含む総体評価へ移りつつあることを象徴している。

第四に、制度設計そのものが精密化の圧力になっている。追加性、ベースライン、永続性、リーケージをどう定義するかという問題は、研究の側に『どこまで測れるのか』を問い返している。制度が先に走ると、測定可能性より物語性が前に出る危険があるため、実測可能な境界を保ちながらどう評価するかが今後の焦点になる。

なお残るのは、会計境界・長期安定性・地域差の一般化である

最大の未解決点は、何をブルーカーボンの『正味の気候便益』と呼ぶべきかである。堆積物中の全炭素量を便益とみなすのか、外来炭素を除くのか、側方流出する無機炭素まで含めるのかによって、数字は大きく変わる。マングローブ起源再評価の事例は、境界を狭めすぎても広げすぎても誤差が大きくなることを示している[1]。inorganic outwelling の議論も、評価境界を埋没炭素だけに限定すると、重要な隔離経路を落としうることを示した[6]。

次に、長期安定性の扱いが残る。ブルーカーボンは長期貯留が魅力だが、沿岸域は嵐、侵食、海面上昇、土地利用転換の影響を強く受ける。Barksdale らの研究が示すように、地形変化や侵食が炭素蓄積を相殺するケースもあり、長期便益の評価には攪乱履歴を織り込まなければならない[5]。

また、地域差の問題も大きい。熱帯マングローブ、温帯海草藻場、汽水湿地では炭素動態が異なる。高い蓄積速度が報告された地域の値を、そのまま別地域へ持ち込むことは危険である。今後は、地域別の代表値整備と、外挿時の不確実性表示が不可欠になる。

日本では、藻場造成や沿岸管理を『観測付き実装』として組み立てる必要がある

日本でブルーカーボンを考える意義は大きい。沿岸域の利用圧が高く、港湾、埋立、海岸保全、漁業利用、防災が複雑に重なるため、沿岸生態系の価値を炭素も含めて可視化することには政策的意味がある。藻場造成や沿岸再生を進めるなら、単に面積やストック量を示すだけでなく、どの炭素をどの境界で測ったのかを明示する必要がある。

その際、日本で現実的なのは『観測付き実装』である。藻場造成を進める港湾区域であれば、造成面積だけでなく、底質コア、起源識別、攪乱履歴、場合によっては炭酸系観測まで含む設計を標準化しなければ、制度化だけが先行する危険がある。つまり、日本で必要なのは、ブルーカーボンを大きく見せる物語ではなく、場所ごとの不確実性を認めたうえで、それでも政策判断に使える観測密度をどう確保するかという実務的な枠組みである。

結論――重要なのは『有望か』ではなく『どの炭素をどこまで測れているか』である

ブルーカーボンをめぐる議論は、沿岸生態系が炭素をためるかどうかという単純な問いから、何を起源とし、どこまで長く残り、どの境界で会計するのかという精密な問いへ移っている。マングローブの世界比較研究が示したのは、外来炭素を無視した単純な会計の危うさであり[1]、バハマの海草藻場研究が示したのは、巨大な炭素ストックを持つ系ほど起源混合や履歴効果を丁寧に見なければならないということである[3]。また、CH₄・N₂O を含めてみれば、埋没有機炭素だけで気候便益を語ることもできない[2]。さらに、inorganic carbon outwelling の事例は、埋没炭素だけを見ていると重要な隔離経路を落としうることを示した[6]。

この複合性を正面から受け止めると、ブルーカーボンの将来として浮かび上がるのは、大きな推計値の競争ではなく、『どの数字がどの条件のもとで本当に信頼できるのか』を丁寧に積み上げる方向である。日本でも、藻場造成や沿岸保全を気候政策へ接続するなら、物語としてのブルーカーボンではなく、起源識別、空間把握、長期安定性、温室効果ガス全体の収支、不確実性表示を備えた実務的な炭素会計が必要になる。問いは『ブルーカーボンは有望か』ではなく、『どの沿岸生態系で、どの炭素を、どこまで測れているのか』である。


参考資料
[1] Chen, Y., Duncan, C., Macreadie, P. I., et al. (2024). A global assessment of mangrove soil organic carbon sources and implications for blue carbon credit. Nature Communications, 15, 8994. https://doi.org/10.1038/s41467-024-53413-z
[2] Eyre, B. D., Camillini, N., Glud, R. N., et al. (2023). The climate benefit of seagrass blue carbon is reduced by methane fluxes and enhanced by nitrous oxide fluxes. Communications Earth & Environment, 4, 374. https://doi.org/10.1038/s43247-023-01022-x
[3] Fu, C., Frappi, S., Havlik, M. N., et al. (2023). Substantial blue carbon sequestration in the world’s largest seagrass meadow. Communications Earth & Environment, 4, 474. https://doi.org/10.1038/s43247-023-01154-0
[4] Chew, S. T., & Gallagher, J. B. (2018). Accounting for black carbon lowers estimates of blue carbon storage services. Scientific Reports, 8, 2553. https://doi.org/10.1038/s41598-018-20644-2
[5] Barksdale, M. B., Hein, C. J., & Kirwan, M. L. (2023). Shoreface erosion counters blue carbon accumulation in transgressive barrier-island systems. Nature Communications, 14, 8425. https://doi.org/10.1038/s41467-023-42942-8
[6] Reithmaier, G. M. S., Cabral, A., Akhand, A., et al. (2023). Carbonate chemistry and carbon sequestration driven by inorganic carbon outwelling from mangroves and saltmarshes. Nature Communications, 14, 8196. https://doi.org/10.1038/s41467-023-44037-w


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