専業主婦はフェミニズムへの裏切りか
以前、現代フェミニズムの矛盾について記事を書いた。
ただ最近、あの記事は批判の精度が甘かったと思い始めている。
きっかけはXで流れてきた投稿だった。「女性は本当は専業主婦をやりたい」「男性の稼ぎだけでは生活できなくなった社会構造がおかしい」。2万以上のいいねがつき、引用が連鎖して大きな議論になっていた。
読んでいくと、筋の通った問題提起と露骨な蔑視が同じ場所に並んでいる。「出産は命懸けなのに、さらに共働きまで求めるのか」という切実な声のすぐ隣に、「女は無能なくせに仕事しようとするから邪魔」という言葉がある。
まともな問題提起が蔑視と混ざることで、まとめて切り捨てられる。あるいは逆に、問題提起への共感が、いつの間にか蔑視側への加担にすり替わる。感情で語られるかぎり、この構造は変わらない。
フェミニズムは専業主婦を否定しているか
前回の記事を書いたとき、僕はこの問いを真剣に考えていなかった。
リベラル・フェミニズムの立場では、女性が自分の意志で生き方を選べることが核にある。働くことも家庭に入ることも、選択肢として等しく存在するべきだという考え方。理論上、専業主婦は否定されていない。
ただ理論と現実には距離がある。ラディカル・フェミニズムの系譜では、専業主婦を「家父長制への従属」と見なす流れが根強い。さらに厄介なのは「あなたが専業主婦を望むこと自体が社会に刷り込まれた結果で、本当の自由意志ではない」という議論で、こう言われると本人の意志をいくら主張しても否定されてしまう。
SNS上でも、フェミニストを自認する人が専業主婦希望の女性に「意識が低い」と言うケースは珍しくない。
だから正確にはこうだろう。フェミニズムの理念は専業主婦を否定していない。でも運動の現場では、居心地の悪い扱いを受けることが多い。
前回の僕の記事は、この「運動の現場」への批判だった。その批判自体は撤回しない。ただ、運動の実態がおかしいことと理念がおかしいことを混同していた。ここは反省している。
婚活市場の空気
Xでの議論の中に、結婚相談所で専業主婦希望を伝えたら仲人から「人の心がないのか」とまで言われた、という投稿があった。
婚活市場での専業主婦希望への風当たりは年々強まっている。仲人やカウンセラーから「いまどき専業主婦希望なんて」「それでは成婚できませんよ」と諭される。男性側からは「給料泥棒」とすら言われる。共働き志望と偽って成婚し、後から専業主婦希望を白状する「擬態女性」という言葉まで生まれている。
ここまで来ると、もはや専業主婦を望むこと自体が婚活における「欠陥」として扱われている。出産は命懸けで、育児は終わりのない仕事で、それを引き受けますと言っている人間に対して「楽しようとするな」と返す。この構図はどこかおかしい。
もちろん、経済的なリスクを無視して「養ってもらいたい」だけでは話にならない。でもリスクを理解した上で、家庭に入ることを選びたいと言う人に、なぜ社会がここまで否定的なのか。そこにはもう少し冷静な分析が必要だろう。
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