配慮の累積が特権意識に変わるとき〜女性禁制居酒屋の非対称〜
東京・鶯谷の老舗居酒屋「鍵屋」が女性単独入店を断っていることが、Xで炎上気味に拡散されている。1856年創業、先代から伝わる「女性は男性に連れてきてもらいなさい」というルールが今も守られているという。
擁護も批判も出揃った。興味深いのは、議論の構図そのものだ。
非対称が露呈する瞬間
カプセルホテルの多くは男性専用だが、誰も騒がない。プリクラも相当数の店舗で男性入店不可だが、ニュースにならない。女性専用車両、レディースデー、女性自習室、女性活躍推進枠。これらは「保護」「配慮」の名で正当化される。
ところが居酒屋一軒が女性を断ると、属性差別として全国規模で拡散する。
論理的には一貫しない。「自分が得るのは当然、自分が失うのは不当」という一点でだけ一貫している。
配慮は空気になる
長期的に優遇された側は、優遇を優遇と認識しなくなる。標準装備として身体化される。そして標準が一つでも欠けたとき、剥奪されたと感じる。
社会心理学では参照点シフトと呼ばれる現象だ。基準は静止していない。得たものに合わせて上方に移動する。
レディースデーがあっても感謝は発生しない。「あって当然」になる。女性専用車両が一路線にないと「遅れている」と評価される。男女同条件の制度設計は、男性から見れば公平でも、優遇に慣れた側からは後退に感じられる。
これは女性個人の人格の問題ではない。配慮を浴び続けた人間が普遍的に陥る心性で、男女が逆だったら男性が同じ振る舞いをする。 性別の本質ではなく、ポジションの効果。
導入時の前提は、今も成立しているか
ここから先は
1,826字
この記事のみ
¥
280
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで
よろしければ応援お願いします!チップはnote更新用のPC購入費用に当てる予定です。よろしく!
