死なない細胞〜老化細胞という誤解〜
老化した細胞は死ぬ。私はずっとそう思っていた。役目を終えた細胞はアポトーシスで処分され、新しい細胞に置き換わる。きれいな新陳代謝のイメージです。
ところが、違った。
死なずに、増えもせず、その場に居座り続ける細胞がある。これを老化細胞(senescent cell)と呼びます。最近この存在を知って、自分の理解がいかに雑だったか思い知りました。同じ誤解を持つ人は多いはずなので、整理しておきます。
テロメアの回数券
老化と聞いて多くの人が思い浮かべるのはテロメアでしょう。染色体の末端にあるキャップで、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなる。複製の仕組み上、末端だけは完全にコピーしきれないからです。
この回数券を使い切ると、細胞はそれ以上分裂すると染色体が壊れると判断し、分裂を止める。1960年代にヘイフリックが「培養細胞は無限には分裂できない」と発見しました。ただ、当時はなぜ止まるのか原因は不明だった。その正体がテロメア短縮という「分子時計」だと判明するのは、ずっと後のことです。細胞老化研究の原点でした。
では、回数券を使い切った細胞はどうなるか。
ここで私は「死ぬ」と答えてしまった。実際は違う。分裂を止めたまま、死なずに留まる。この分裂停止こそが、最初に発見された老化(senescence)です。
居座る細胞の二面性
厄介なのは、この居座る細胞が悪者とは限らないことです。
健康な組織では、老化細胞は創傷治癒を助け、がん化しそうな細胞を分裂停止させて腫瘍の増殖を抑える。防御機構として働きます。若いうちは免疫系が古くなった老化細胞を掃除してくれる。
問題は加齢で免疫が衰えてからです。掃除されずに蓄積した老化細胞は、炎症性のシグナルを周囲にばらまき始める。これはSASP(老化関連分泌形質)と呼ばれ、慢性疾患や組織の線維化、機能低下の一因になります。死なずに居座って、周りに炎症を撒く。これが老化細胞の正体です。
除去すればいいのか
ならば除去すればいい。そう考えるのが自然です。実際、老化細胞を取り除く薬「セノリティクス」の研究が進んでいます。
でも、ここで引っかかる。創傷治癒を助け、がんを抑えていた細胞でもある。全部消したら傷の治りが悪くなり、発がんリスクと隣り合わせになるのではないか。
しかも老化細胞は、悪役一辺倒ではない。胎児期の発生過程でも、組織を形づくる正常な役割を担っています。古くなって溜まったものだけが厄介なのであって、存在そのものが敵ではない。
その通りで、ここがこの分野の最大の難所です。だから方針は「全部消す」ではなく「悪いやつだけ選んで消す」になる。問題は、悪いやつをどう見分けるかです。
老化細胞は一枚岩ではない
少し前まで、老化細胞は均質なものだと思われていました。共通のマーカーで一律に捉えられ、初期のセノリティクスも「老化細胞っぽいものを叩く」という粗い発想でした。
近年わかったのは、その逆です。
テロメア短縮は引き金の一つにすぎない。DNA損傷、がん遺伝子の活性化、酸化ストレス——入口はいくつもあり、入口が違えば出てくる細胞の性質も違う。同じ「老化細胞」でも、肺のそれと肝臓のそれ、創傷部位のそれと慢性炎症巣のそれは別物です。
面白いのは、入口は違っても出口は共通だという点です。どの引き金もp16やp21という同じ経路に合流して分裂停止に至る。合流地点は一つなのに、そこに至る道筋と、できあがる細胞の顔つきはバラバラ。この多様性こそが選択的除去の鍵になる。 良性のものを温存し、有害なものだけ狙うには、まず違いを見分けなければならない。
ノイズに埋もれていた
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