MRIも半導体もヘリウムで動く 〜代替なき資源が戦争で止まった〜
消えた気体
ヘリウムが止まった。
原油の話ではない。LNGでもない。周期表の2番目、宇宙で2番目に多く、地球上では採り直しのきかない気体の話です。
天然ガスを精製する過程で分離される副産物。単独では掘れない。マイナス269度で液化し、特殊な容器に入れて船で運ぶ。常温に戻れば気体に変わり、大気に放出されれば宇宙へ散っていく。地球の重力では引き留められない。
この気体が、MRIと半導体の両方を動かしています。
MRIの冷媒
超伝導磁石をマイナス269度に保つには液体ヘリウムしかない。1台あたり1,000〜1,500リットルが充填されている。
日本のMRI設置台数は7,000台以上。人口100万人あたり51.7台で、OECD平均の3.3倍。世界で最もMRI密度の高い国が、ヘリウムを一滴も産出できない。国内の液体ヘリウム消費の69%がMRIとNMRです。
通常運用ではヘリウムの補充頻度は低い。近年の装置はzero-boil-off技術で蒸発を抑えている。問題はクエンチです。何らかの原因で超伝導状態が破れると、磁石が急速に加熱し、ヘリウムが一気に蒸発する。復旧には最大1,500リットルの再充填が要る。
調達できなければ、その1台は止まったまま復旧できません。脳外科、整形外科。あらゆる画像診断が1台のクエンチで止まりうる。
半導体の血液
EUV露光装置。ASMLが製造する1台2億ドルの機械は、ヘリウムなしでは動かない。
露光チャンバー内の雰囲気制御。シリコンウェハーの冷却。エッチング工程の温度安定化。リーク検査。7nm以下の先端プロセスになるほど使用量は増える。工業規模での代替物質は存在しない。
先端ノードだけの話ではありません。成膜、エッチング、リーク検査はレガシーノードでも使われている。自動車用マイコン、産業用制御チップ、医療機器用プロセッサ。すべてがヘリウムの供給線上にある。
33%が消えるまで
2025年時点の世界のヘリウム生産量は年間約1億9,000万立方メートル。最大の生産国は米国。2位がカタールで、約6,300万立方メートル。世界の33%。
カタールのヘリウムはラスラファン工業都市のLNGプラントで生まれる。天然ガスの液化工程でヘリウムを分離・精製する。LNGとヘリウムは同じパイプの中にある。LNGが止まればヘリウムも止まる。
2月28日、米国とイスラエルがイランに対する軍事作戦を開始。イラン革命防衛隊がホルムズ海峡の封鎖を宣言した。
3月2日、カタールエナジーがLNG生産の一時停止を発表。ヘリウムも停止。
この段階ではまだ「輸送路の問題」だった。海峡が開けば船は出せる。
3月18日、次元が変わった。
イスラエル空軍がサウスパルス・ガス田を空爆。数時間後、イラン革命防衛隊がカタールのラスラファンをミサイルで報復攻撃した。5発のうち1発が着弾。カタールエナジーは「甚大な被害」を報告した。14あるLNG液化系列のうち2系列が破壊され、復旧には3〜5年。被害額は推定200億ドル。
ヘリウム製造プラントはLNG施設と一体です。
海峡封鎖なら、停戦の翌日に船を出せる。施設が壊れていたら、停戦しても出てこない。
日本の輸入構造
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