精子は「DNAの配達員」ではなかった〜精巣上体という積み替え基地の話
精子の仕事は、卵子にDNAを届けることだと長らく思われてきた。
教科書にもそう書いてある。核を超圧縮し、鞭毛で泳ぎ、受精したら役目終了。細胞質もほとんどない、使い捨ての配達員。これが主流の教科書的理解だった。
ただ、研究の現場では1990年代から精子のRNAが報告され、2000年代以降は胚発生への関与が議論され続けてきた。2010年代に入ると父系エピジェネティクスの仕事が積み上がり、small RNAやtRNA断片が次世代に影響する報告も出てきた。「精子はDNAだけを運ぶ」という像は、現場ではすでに揺らいでいた。
ところが今年4月、『Nucleic Acids Research』に掲載された論文が、その揺らぎに具体的な分子機構を与えた。
精巣上体という場所
まず解剖の話をしておく。
精子は精巣で作られるが、作られた直後は泳げないし受精もできない。受精能力を獲得するのは、精巣上体という細長い管を通過する10〜12日間のあいだだ。
精巣上体は頭(caput)・体(corpus)・尾(cauda)の3段に分かれている。精子はここを通過しながら少しずつ変化し、尾の部分を出るころには完全に機能する精子になっている。
これ自体は昔から知られていた。問題は「通過しながら何が起きているか」が、思っていたより複雑だったことだ。
残滓か、積み荷か
精子の中にmRNAが入っていることは、1990年代から分かっていた。mRNAとは、DNAの遺伝情報をタンパク質に変換するための中間産物である。
ただ、成熟した精子は翻訳を止めている。mRNAがあっても、タンパク質を作る機能は停止した状態にある。だから研究者のあいだでは長らく、「精子のmRNAは精子形成のときの残りカスに過ぎない」という見方が主流だった。
「翻訳できないなら意味がない」という論理が長く通用してきた背景には、精子を独立した細胞として完結させて見る視点の偏りがある。受精後の時間軸が、議論からまるごと抜け落ちていた。
ペンシルバニア大学のConineらはそこに正面から切り込んだ。
マウスを使い、精巣上体の各部位から精子・上皮細胞・細胞外小胞(EV)を採取し、mRNAのプロファイルを網羅的に比較した。すると、精子が精巣上体を移動するにつれて、積んでいるmRNAの種類が変わっていくことがわかった。しかも各ステーションで別々のmRNAが加わっていく。単純な通過ではなく、積み替えが起きていた。
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