ストレスは、気づかないうちに人を支配する。
生きている限り、ストレスはなくならない。
前に進もうとしたときに限って、邪魔が入る。
やっと踏み出した一歩を、誰かの何気ない言葉が止めてしまうこともある。
「このままでいいのだろうか」
そんな迷いが、心の中に居座る日もある。
平気なふりをしていても、しんどいものはしんどい。
そんなとき、私は走る。
走るのは気持ちいいからではない。
むしろ、苦しい。
息は上がるし、足は重いし、何度もやめたくなる。
運動が習慣になっていない人なら、なおさらそうだと思う。
でも、その苦しさがいい。
走っていると、頭の中を支配していたものが変わっていく。
さっきまで離れなかった嫌な言葉も、腹の立つ出来事も、不安も焦りも、いったん後ろに下がる。
代わりに前に出てくるのは、もっと単純なものだ。
苦しい。
やめたい。
でも、もう少しだけ。
あと少しだけ。
その繰り返しになる。
最初の10分くらいは、正直つらい。
ただ苦しいだけで、何の意味があるのかもわからない。
けれど、そこを少し越えると、不思議と自分に向き合う時間がやってくる。
今日はどこまでいけるだろう。
無理しすぎないほうがいいかもしれない。
でも、昨日の自分より少しだけ前に行きたい。
そんなことを、静かに考えられるようになる。
走る前まで、自分を苦しめていたものが、絶対的なものではなくなる。
悩みが消えるわけではない。
問題が解決するわけでもない。
それでも、心を支配していたものの力は弱くなる。
あんなに重かったものが、少しだけ持てる重さに変わる。
たぶん人は、何かに苦しめられているとき、その苦しさを頭の中だけで処理しようとしてしまう。
でも、頭の中だけで戦うと、苦しさはどんどん増幅していく。
だから私は、走る。
心を苦しめるものを、体の苦しさで上書きするために。
そして、その先で、自分を取り戻すために。
生きるのは大変だ。
頑張っている人ほど、余計にそうだと思う。
だからこそ、ストレスを消す方法ではなく、
ストレスに飲み込まれない方法を持っていたほうがいい。
私にとって、それが走ることだった。
もし今、何かに押しつぶされそうなら。
大げさなことじゃなくていい。
少し歩くでもいい。外に出るでもいい。深呼吸でもいい。
自分を支配しているものから、ほんの少し距離を取る方法を持っていてほしい。
それだけで、救われる日がある。
本当にある。
