50代からの旅は、もう観光名所を追いかけない
FIRE後の生活を考えたとき、真っ先に浮かぶのは
「一年の半分は日本、半分は海外で暮らすように過ごしたい」
というイメージだ。
そのためにも、体が自由に動くうちに資産運用を加速させ、
50代後半にはFIREして、「稼ぐ」から「使う」ステージに移行したい
と考えている。
ただひとつ、はっきりしていることがある。
20代前半の頃のように、
1泊2〜3ドルの安宿に泊まり、生活費を切り詰めて旅を続ける──
あのスタイルには、もう戻れない。
体力が極端に落ちたわけではない。
今でもバックパックを背負い、
どこか知らない国へふらっと行ってみたい気持ちはある。
それでも、同じ旅を、同じ感覚で続けたいか?
と問われれば、答えは違う。
学生時代、1年休学してヨーロッパとアジアを旅したことがある。
当時は「せっかく来たのだから」と、
世界遺産や観光名所をひたすら巡っていた。
けれど今振り返ると、
あの旅はどこかで必ず息切れし、疲れ果てていた。
特に印象に残っているのが、
物価の高いヨーロッパを駆け足で回りきり、
イスタンブールに辿り着いたときだ。
ヨーロッパとアジアの文化が混じり合う街の狭間で、
ふっと肩の力が抜けた。
物価の安さ。人の距離感。どこか雑然としていて、でも優しい空気。
気づけば、1週間ほど何もする気が起きなくなっていた。
ブルーモスクも、アヤソフィアも、行く気になれない。
安宿に戻り、旅仲間とくだらない話をして、
コーヒーを飲んで一日が終わる。
それが、不思議なほど心地よかった。
気力がない状態で観光名所を巡っても、
やはり何ひとつ楽しくはならないのだ。

この、旅人の間で言うところの“沈没”という体験は、
その後も何度も繰り返した。
ポカラ、バンコク、大理、麗江──
短ければ1週間、長いときは1か月以上、同じ街に滞在することになった。
そして気づいた。
自分にとって心地いい旅とは、「移動」ではなく、「滞在」なのだ。
だから50代からの旅は、
気に入った街に1〜2か月ほど腰を落ち着けるスタイルがいいと思っている。
ホテルではなく、サービスアパートメントに住む。
ジムに通い、サウナに入り、気が向けば近郊へショートトリップ。
場合によっては、語学学校に通ってもいい。
もはや「旅」と呼ぶには地味だが、
日常と地続きの、短期海外生活。
今の自分には、それがちょうどいい。

一方で、日本の拠点も残しておきたい。
我が家は東京都区外だが、主要駅から徒歩3分ほどの場所にある、
旧耐震・50平米ほどの極狭なボロマンションをフルリノベして住んでいる。
半分は海外で暮らす前提だからこそ、
このコンパクトで、モノが少なく、身軽に出入りできる拠点
が気に入っている。
ときどき、田舎に古民家や別荘を買い、
畑でも耕して過ごしたい衝動に駆られる。
ただ、冷静になると分かる。
飽き性の自分に、
一か所に腰を据え、
濃密な人間関係を築き続ける生活は向いていない。
空き家の管理、車の維持、手入れの手間。
そうした現実を考えると、
都心(と言っても区外だが)のコンパクトマンション一択
という結論に戻ってくる。
そんなわけで最近は、旅に出るたび、
「ここに2〜3か月住めるだろうか?」
という目線で街を見るようになった。
物価が安い。ご飯が美味しい。人が優しい。
それは大前提として、
都会すぎず、田舎すぎず、
インフラが整った、ちょうどいい規模の街がいい。
今のところ候補に挙がっているのは、
タイ:パタヤ(ジョムティエン方面)、チェンマイ、クラビー
ベトナム:ダナン
カンボジア:シェムリアップ
もし、
「ここなら沈没できる」
「2〜3か月住むなら悪くない」
そんな街を知っていたら、ぜひ教えてほしい。
きっと、これからの旅は
“行く場所”より、“いられる場所”を探す旅になる。
