ティーボーイが教えてくれたインドの現実
30年ぶりのインドで、世界の変化と自分の変化を知った
今月、ひょんなことからインドへ出張することになった。
本来は中国人マネージャーが担当するはずの案件だったが、
中国人は国同士の関係よりインドのビザ取得が難しいという事情があり、
急遽、私が代理で行くことになった。
学生時代にバックパッカーとして訪れて以来、実に 30年ぶりのインドだ。 当時の記憶は、混沌と熱気と、少しの恐怖が入り混じったものだった。
30年前のインドは「圧倒的なカオス」だった
街を歩けば、子どもたちが後ろにくっついて物乞いをしてくる。
どこへ行くにも落ち着かず、常に周囲を気にしていた。
デリーの旧市街では雨季の影響で水が膝上まで溜まり、
牛の糞なのか、人の糞なのか、判別不能なものがプカプカ浮いていた。
足に傷でもあれば破傷風になるのではと、本気で恐怖した。
バナラシでは、ガンジス川で沐浴する人々のすぐ横を、
成仏できず火葬されなかった遺体が流れてくるという光景が日常だった。
その川で人々が祈り、身体を清める姿は、当時の私には衝撃以外の何ものでもなかった。
カルカッタではガンジーの家を訪れ、 日本人女性が経営する「久美子ハウス」という汚くて安いゲストハウスがバックパッカーのたまり場になっていた。
あの独特の空気感は、今でも忘れられない。
食事といえば、朝昼晩すべてカレー。
サモサもカレー味。
胃が疲れたらチャイやラッシーで中和する。
バックパッカーの間では、マリファナ入りの「バングラッシー」が人気だった。
街には聖なる牛が溢れ、道路の真ん中で堂々と寝そべり、 それがまた渋滞を生み出す。
混沌そのものの国。
それが、私の記憶の中のインドだった。
そして今回、30年ぶりに訪れたインドは「別の国」だった
空港に降り立った瞬間、まず感じたのは インフラの進化だ。
もちろん埃っぽさや雑多さは健在だが、 ビルが立ち並び、きれいな地区と汚い地区が混在しながらも、 街全体が以前よりもはるかに整っている。
物乞いはいるが、昔のように子どもたちに囲まれることはない。
治安も以前より落ち着いているように感じた。
そして何より、現地の駐在員や取引先との交流を通じて、 リアルなインド社会の構造を知ることができた。
カースト制度は「今も社会の根底にある」
インドでは、カースト制度は表向きには廃止されているが、 実際には社会のあらゆる場面で根強く残っている。
ある程度の規模の会社には必ず ティーボーイがいる。
チャイを淹れ、お菓子を出し、呼べばすぐに来てくれる。
役割は明確で、階級によって担当できる仕事が決まっている。
インド人の名前を見れば、どの階級出身かおおよそ分かるらしい。
うちのインド法人でも、採用の書類選考はまず苗字から始まる。
同じ階級の人材を選ばないと、社内がうまく回らない。
低い階級の優秀な人材を上位職で採用すれば、 既存社員が受け入れられず、会社が内部崩壊することもあるという。
実力主義とは程遠い。
それが、今のインド社会のリアルだ。
ホテルの朝食でも「分業と階級」が透けて見える
ホテルで朝食を取ったときのこと。
厨房には男性しかいない。
女性はコックになれないのだろうかと思うほど、100%男性のみ。
オムレツを作ってほしくてウェイトレスに頼んだが、 彼女はコックを呼び出し、 「こちらのお客様が要望があるそうです」と伝えるだけで立ち去った。
要望を聞いて調理するのはコックの仕事。
ウェイトレスの管轄ではない。
役割の線引きが徹底されている。
トイレの前でひたすらドアを開けるだけのボーイもいる。
このレベルになると、もはやカースト以下の扱いだという。
映画「スラムドッグ・ミリオネア」は完全なフィクション
ティーボーイがクイズ番組で一攫千金し、 幼馴染の女性と結ばれるというストーリー。
あれは世界的にヒットしたが、 現実のインドでは絶対に起こり得ないと現地の人は断言する。
IT業界は新しい産業だからカーストが関係ない、 優秀なら稼げるという話もよく聞く。 しかし、それもほぼ誤解らしい。
そもそも教育を受けられるのは裕福な家庭の子どもだけ。
洗濯屋の家の子は代々洗濯屋で、 人生逆転を狙うという発想すら生まれない。 家業を継ぐのが当たり前だ。
アメリカの巨大IT企業で活躍するインド人CEOたちも、 みな「いいところのぼっちゃん」だという。
苗字を見れば出身階級が分かる。
インド法人の採用が苗字から始まるのも、そうした文化の延長線上にある。
それでもインドは「面白く、興味深い国」だ
人口は増え続け、経済成長も著しい。
中国と並ぶ大国だが、 人種、食事、文化、歴史、価値観、すべてがまったく異なる。
わずか1週間のビジネストリップだったが、
30年前の記憶を塗り替えるほどの濃密な体験だった。
ニュースや人の話で聞くのと、 実際に自分の目で見て感じるのはまったく違う。 インドはそのことを強烈に思い出させてくれた。
そして私は、 ますます世界のあちこちを旅したくなった。
