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なぜ人は「下品」を嫌いつつも、自ら不利な罠にはまるのか(その2)

~誇り高き反抗が、自らに不利なポジションへの固着化を加速させる。


4. 21世紀日本の「野郎ども」:反知性・自己責任・政治的自発的従属

 1970年代のイギリスの工場地帯で生じたこの「反抗の自己回収」の力学は、21世紀の四半世紀が過ぎた現代日本において、製造現場から「デジタル領域」および「政治・言論空間」へとその主戦場を移し、より複雑な形態で展開している。
 現代日本における「野郎ども」の反学校的文化は、オールドメディア、専門家、官僚、リベラル的知識人といった「既存の政治・文化的権威」に対するアンチテーゼとして発現する。

① 「既存メディア・知性への反逆」とポピュリズムの抱き込み

 かつてのラッズが学校の公式言説を「ペテン」と見抜いたように、現代の若年〜中年層の一部は「大手メディアは嘘をついている」「リベラルな知識人はきれいごとで甘い汁を吸っている」という洞察を起点にする。彼らにとって、専門的な知性に頼らず、直感的で攻撃的な言説をネット上に投じることは「真実を見抜いた者の誇り」であり、権威への反逆(意気地)である。
 しかし、既存の知性や制度を「野暮」として跳ね返した結果、彼らが吸い込まれていくのは、SNS上の過激なポピュリズム政党や陰謀論的な政治運動である。自らの反骨心(シグナル)を示すために、専門的知見や客観的データをあえて無視してポピュリズム政治家を支持することが、結果として政治的に利用されやすい客体へと自らを固定化させる。

② 「自力本願の美学」による福祉・再分配の拒絶

 現代の「野郎ども」の誇りは、肉体労働そのものから「自己責任で生き抜く世渡りの上手さ」へと変化した。非正規雇用やギグワークの只中にありながら、彼らは自らの生苦を社会構造のせいにせず、ポイ活、投資、副業といった「現場の知恵」で乗り切ることを自負とする。
 ここでも九鬼的な「諦め」が働く。「制度や政治に頼るのはダサい(野暮だ)」という割り切りである。その結果、本来であれば自らの生活を助けるはずの「福祉国家」「社会保障」「労働者の権利保護」を唱える政治勢力を、「弱者ビジネス」「甘えの構造」と批判し、セーフティネットを切り捨てる新自由主義的・改革派政治運動を進んで支持する。自らの首を絞める政策を自らの手で支持するという、究極の逆転構造が成立するのだ。

③ アトミズム(孤立化)された「野郎ども」と連帯の解体

 かつてのハマータウンでは、反抗の先に「工場床の強い集団的連帯」が存在した。しかし、現代日本のギグワーカーやネット受託層は分断・孤立化(アトミズム)されている。「組織に縛られないフリーランス」という自由の美学(媚態・意気地)を抱きながら、実際はプラットフォーム企業のアルゴリズムや国家の規制緩和の波に丸裸で晒される。組織的連帯を「野暮」として拒絶することが、自らを制度的交渉力から遮断させているのである。

5. 結語:美学的自我の防衛がもたらす再生産の悲劇

 九鬼周三が説いた「いき」とは、満たされぬ現実や野暮な世間に対する一種の精神的勝利――すなわち「美学的な自我の防衛」であった。ブルデューが看破したように、社会の支配構造は単なる武力や経済力だけでなく、こうした「美意識や趣味(ハビトゥス)」を通じて心身の深層へと刻み込まれる。
 ハマータウンのラッズから、21世紀日本のネット政治空間に生きる人々に至るまで、人間を突き動かしているのは「既得権益や公式言説の嘘を見破っている」という鋭い洞察と、自らの誇りを守るための「諦め」と「意気地」である。
 しかし、その誇り高き反抗が、ミクロな場での自尊心を満たせば満たすほど、マクロな観点においては「自らに不利な政治的・社会的ポジションへの固着(自発的従属)」を加速させてしまう。
 21世紀の日本政治を覆うポピュリズムや分断の底流には、構造的困窮そのもの以上に、「反逆することによって自らを罠に嵌めていく」という、美学に彩られた悲劇的な階級のメカニズムが深く横たわっているのである。
 現在でも、日本は格差社会化したという言説が広まっているが、その先は過激なポピュリズムによるファシズム化かも知れない。となれば、このメカニズムを早く認識して、本当に求めるべきものは何かということに、多くの日本人が覚醒する必要がある。
 しかし、存外、残された時間は少ないのかも知れない。

<全体目次>
(その1)
序:なぜ人は「下品」を嫌いつつも、自ら不利な罠にはまるのか
1. シグナリング・ゲームと「上品/下品」のコスト構造
2. 文化資本の自律性:なぜ金で買えない価値が生まれるのか
3. 逆転する美学――『ハマータウンの野郎ども』の反学校的文化

(その2)
4. 21世紀日本の「野郎ども」:反知性・自己責任・政治的自発的従属
5. 結語:美学的自我の防衛がもたらす再生産の悲劇


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