花火大会で気づいた、「一瞬のために人生を使う」ということの意味
昨日、サブ携帯だけ持って家族水入らずで花火大会に行ってきました。
誰からも連絡が来ない状態で、ただ家族と花火を見る時間。
こういう時間が、一番必要な時間だったりします。
体が一番先に気づいていた
妻と「花火が一番1年だったことに体が気づくね」という話をしました。
頭では「もう夏か」と思っていても、大きな音と光が視界に入った瞬間、体がまず反応する。
娘もiPadで一生懸命撮影していて、随分人間味が出てきたなと思いながら見ていました。普段なかなか見えない側面と向き合える、そういう時間でした。
2万4千発を用意してくれた人たちのことを考えた
今年は2万4千発の花火が打ち上げられたそうです。
この日のためだけに、どれだけの時間と人間が関わっているか。
大きな音と一瞬の光が視界に映るだけで、本当に忘れられない瞬間になります。つい見とれて、心に隙間を作ってくれる。花火ってそういう不思議な力を持っています。
しかも自然のリスクを常に抱えながらです。風が強ければ中止になる。雨が降れば中止になる。それでも他人の一瞬の感動のために準備し続けてくれる運営の皆さんに、もっと感謝しなきゃいけないと感じました…
観る人は一瞬でも、準備した人は人生の貴重な時間を使っている
この言葉が、昨夜ずっと頭の中にありました。
観に行く人は一瞬だけそこにいる。でも準備した人は、その一瞬のために人生の膨大な時間を使っています。
これって、仕事も同じだなと思いました。
お客さんがサービスを受ける瞬間は一瞬かもしれない。でもその一瞬のために、どれだけの準備と時間と熱量が積み上げられているか。
その視点を持てているかどうかが、作り手としての質を決めると思っています。
花火にはお金ではない仕事の形がある
花火師の方たちは、打ち上がった瞬間に花火は消えます。残るのは観客の記憶だけです。
それでも毎年作り続ける。
ここには本当にお金ではない、仕事の形があると思いました。この刹那的な一瞬で生まれる笑顔や、救える人のことを考えて花火を作る人たちに、本当に感謝しかありません。
もっと作品を作った人のことを考えた閲覧の仕方、周りに心を使う過ごし方をしなきゃいけないなと改めて思いました。
来年はもっと染みる花火にするために
来年の花火をもっと染みる一瞬にするために、ここから1年もっと高い目標に向かって覚悟を決めて働こうと思いました。
感動できる自分でいるためには、日々の積み上げが必要です。余裕がない状態では、花火を見ても本当には心に届かない。
刹那の一瞬を全力で受け取れる自分でいることが、準備してくれた人への最大のリスペクトだと思っています❤️🔥
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