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最新の会計トピック「SSBJ(日本版ISSB)」とは?

「決算書に気候変動の開示が義務化される」

そう聞いて、「会計とESGが交差するのか」と感じた人もいるだろう。日本の会計・ディスクロージャーの世界で今、大きなパラダイムシフトが起きている。その中心にあるのが「SSBJ(サステナビリティ基準委員会)」だ。

2025年3月、日本初のサステナビリティ開示基準が正式に公表された。2026年3月にはさらに改正版が確定し、2027年3月期からは時価総額3兆円以上のプライム上場企業への義務適用が始まる。有価証券報告書に「気候関連のリスクと機会」「温室効果ガス排出量」「ガバナンス体制」を記載することが、法的に求められる時代になる。

しかしSSBJとは何か、なぜ今なのか、何を開示するのか——を整理して説明できるビジネスパーソンは、経理・財務・IR担当者を除けばまだ多くない。

この記事ではSSBJを「会計の視点」から、できるだけ丁寧に解説する。


そもそもSSBJとは何か

SSBJは「Sustainability Standards Board of Japan(サステナビリティ基準委員会)」の略称だ。日本語では「日本版ISSB」と呼ばれることも多い。

SSBJは、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が国際的な開示基準を開発するために設立されたことを受け、2022年7月に日本版の基準開発を目的として設立された。

設立母体は公益財団法人財務会計基準機構(FASF)で、日本の会計基準を策定するASBJ(企業会計基準委員会)の姉妹組織として位置づけられる。

ISSBとの関係を整理しておこう。ISSB(International Sustainability Standards Board)はIFRS財団が設置した国際機関で、2023年に「IFRS S1号(全般的要求事項)」と「IFRS S2号(気候関連開示)」という2つの国際基準を公表した。SSBJはこのISSBの国際基準を踏まえて策定され、日本の上場企業などに適用される。

つまりSSBJは「ISSBの国際基準を、日本の法制度・企業実務に合わせて翻訳・適用した組織」だ。IFRSとJ-GAAPの関係に似ている。

なぜ今、サステナビリティ開示が求められるのか

「なぜ財務情報と関係ないESGの話が有価証券報告書に載るのか」という疑問は自然だ。その答えは「気候変動がビジネスリスクになった」という現実にある。

気候変動は物理的リスク(洪水・台風・熱波による事業被害)と移行リスク(カーボン規制・エネルギー価格変動・低炭素技術への移行コスト)を通じて、企業の財務パフォーマンスに直接的な影響を与える。投資家・金融機関・取引先は「その企業が気候変動にどう対応しているか」を知りたがっている。

しかし従来の財務諸表には、こうした情報が含まれていなかった。気候関連のリスクが重要であっても、PL・BS・CFには反映されない。開示の「抜け穴」を埋めるために、サステナビリティ開示基準が必要とされた。

2017年に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言を公表し、世界中の企業がTCFD対応を進めた。日本でも2022年の有価証券報告書改正でTCFD等に基づく気候情報開示が求められるようになった。SSBJはこのTCFDの枠組みを継承しつつ、より体系化・義務化した基準として位置づけられる。

SSBJが公表した基準の構成

2025年3月5日にサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が「サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)」を公表した。その後2026年3月13日に「温室効果ガス排出の開示に対する改正」が確定し、IFRS S2の修正に対応した改正版が完成した。

SSBJ基準は現在、3種類の基準で構成されている。

① サステナビリティ開示ユニバーサル基準「適用基準」 全ての開示に共通するルール——どの企業が対象か、どの時点で適用するか、報告期間はいつかなど——を定めた基準だ。

② サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」 気候変動以外のサステナビリティ課題(労働・人権・環境・社会など)に適用するテーマ横断的な基準だ。ISSBのIFRS S1号を土台にしている。

③ サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」 気候変動に特化した開示基準だ。ISSBのIFRS S2号に対応し、温室効果ガス排出量やシナリオ分析など、具体的な開示内容を定めている。

3つの基準は単独ではなく、同時に適用することが求められている。

開示の中核:4つのコア・コンテンツ

SSBJが企業に求める開示の骨格は「4つのコア・コンテンツ」だ。これはTCFDの4つの柱を継承したもので、全ての開示項目に共通する基本構造だ。

「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4つのコア・コンテンツが、すべての開示項目に共通する基本的な構成要素として位置づけられている。

それぞれの内容を具体的に見てみる。

① ガバナンス

サステナビリティに関するリスクと機会を、経営レベルでどのように監視・管理しているかを示す。具体的には「取締役会はサステナビリティリスクをどう管理しているか」「担当役員・委員会はどのような権限を持つか」「経営幹部の報酬がサステナビリティ指標と連動しているか」などだ。

「絵に描いた餅ではなく、経営の意思決定にサステナビリティが組み込まれているか」を問う開示だ。

② 戦略

気候変動をはじめとするサステナビリティのリスクと機会が、事業戦略や財務計画にどう影響するかを開示する。「気温上昇2℃シナリオ・4℃シナリオで、自社の事業モデルはどう変わるか」というシナリオ分析が中心になる。

戦略開示では現在と予想される財務的影響(投資計画を含む)の開示が求められ、レジリエンスについては定性的・定量的評価、手法・時間軸の開示も必要とされる。

③ リスク管理

サステナビリティに関するリスクをどのプロセスで特定・評価・管理しているかを示す。全社的なリスク管理の枠組みとの統合が重要で、「サステナビリティリスクが財務上のマテリアルな(重要な)問題として管理されているか」が問われる。

④ 指標及び目標

温室効果ガス排出量(スコープ1・2・3)、脱炭素に向けた目標、達成状況など、定量的な数値の開示が求められる。

スコープ1は自社施設の直接排出、スコープ2は購入電力などによる間接排出、スコープ3はサプライチェーン全体の排出量だ。スコープ3の算定は複雑で、中小企業を含む取引先から排出データを収集する必要があるため、大企業が求める情報が取引先中小企業にも波及する構造になっている。

義務化のスケジュール:いつ、誰が、何を

SSBJが日本企業に大きなインパクトをもたらすのは、この義務化スケジュールだ。

SSBJ基準の適用時期は以下のように段階的に定められている。2027年3月期が時価総額3兆円以上の企業、2028年3月期が時価総額1兆円以上3兆円未満の企業、2029年3月期が時価総額5,000億円以上1兆円未満の企業への適用が予定されている。時価総額5,000億円未満の企業への適用時期は現時点で未定だが、最終的にはプライム上場全社への拡大が見込まれている。

2026年3月期からは任意適用が可能となっており、義務化前に先行して開示する企業も出てきている。

また、経過措置として初年度は比較情報の免除が認められており、気候関連開示を先行する場合は2年目も免除される。段階的に開示の精度を上げていける緩和措置が設けられている点は、実務上の重要なポイントだ。

ISSBとの違い:「日本版」である意味

SSBJはISSBの国際基準を「そのまま採用」したのではなく、日本の制度環境に合わせた調整を加えている。主な相違点は3つだ。

① 有価証券報告書との統合 ISSBの基準は特定の報告書の形式を指定しないが、SSBJは日本の有価証券報告書(金融商品取引法上の法定開示書類)に組み込む形で設計されている。これにより、株主・投資家が財務情報とサステナビリティ情報を一体として確認できる仕組みになる。

② 段階的な義務化 ISSBは国際基準として公表するものの、各国への適用方法は各国当局に委ねている。日本では金融庁が時価総額ベースの段階的義務化という現実的な設計を採用した。

③ 整合性の継続確認 2026年3月31日、SSBJとISSBはSSBJ基準とISSB基準の間の整合性の継続を確認した。日本企業が世界の投資家に対してSSBJ基準で開示した情報が、IFRS S1・S2に基づく開示と比較可能であることが保証されている。

企業実務への影響:経理・IR・経営企画にとって何が変わるか

SSBJの義務化は、財務部門だけの話ではない。企業の複数の機能に影響が広がる。

経理・財務部門 気候関連の財務的影響(リスクや機会が財務数値に与える影響)の算定、スコープ1・2の排出量データの収集・管理体制の整備、有価証券報告書への記載内容の設計・監査対応が必要になる。

IR(投資家向け広報)部門 機関投資家・アナリストからのSSBJ基準に関する問い合わせ対応、統合報告書・サステナビリティレポートとの整合性管理が求められる。

経営企画・サステナビリティ部門 シナリオ分析の実施(2℃・4℃シナリオで自社ビジネスへの影響を定量化)、スコープ3の算定のためのサプライヤーとのデータ連携、取締役会・経営委員会へのサステナビリティリスク報告体制の構築が必要だ。

調達・購買部門 スコープ3の算定には取引先の排出量データが必要になるため、サプライヤーへの情報収集依頼が増える。中小企業の取引先がCO2排出量を把握していない場合、協力依頼・支援が課題になる。

「中小企業には関係ない」は誤解

「うちは非上場だからSSBJは関係ない」という声を聞くことがある。しかしこれは半分正しく、半分誤解だ。

直接の義務対象はプライム上場企業だが、スコープ3の排出量算定を通じて、大企業の取引先である中小企業にも波及する。大企業が「自社のバリューチェーン全体の排出量を開示する」ためには、中小企業である仕入れ先・外注先の排出量データが必要になる。大手取引先から「CO2排出量を教えてください」という依頼が来たとき、回答できなければ取引継続・新規受注の面でリスクになる可能性がある。

すでに大手製造業・小売業が主要仕入れ先に対してCO2排出量の開示を求める動きは始まっている。SSBJの義務化が進むにつれ、この動きは加速する。

会計人・ビジネスパーソンが今押さえるべきポイント

最後に、この分野をこれから学ぶ人・業務で関わる人のために、要点を3つ整理する。

① SSBJ基準の3層構造と4つのコア・コンテンツを押さえる 適用基準・一般開示基準・気候関連開示基準の3層と、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の4コンテンツが基本の骨格だ。これを理解していれば、企業の開示内容を読む際に構造が見えるようになる。

② 「財務的マテリアリティ」という概念を理解する SSBJが求めるのは「全てのESG活動の報告」ではない。投資家の意思決定に影響を与える「財務的に重要な(マテリアルな)リスクと機会」の開示だ。「重要性」の判断が企業の開示設計の要になる。

③ スコープ3の算定は最大の実務課題 排出量算定の中でも最も複雑で時間がかかるのがスコープ3だ。自社だけでは完結せず、取引先・物流・顧客の使用段階まで含む。算定ツール・外部支援サービスの活用も視野に入れる必要がある。

まとめ

SSBJは「環境問題の話」ではなく、「財務開示の話」だ。

気候変動が企業の財務リスクになった以上、それを投資家に正確に伝えることは、財務情報の開示と同義になった。SSBJはその「財務と非財務の融合」を制度化する基準だ。

2027年3月期からの義務化まで時間はあるように見えて、シナリオ分析の実施・排出量データの整備・ガバナンス体制の構築には数年単位の準備が必要だ。「2026年に検討を始める」では遅い企業も出てくる。

会計・経理の専門家にとっては、SSBJはキャリアの新しいフロンティアだ。財務とサステナビリティの橋渡しができる人材は、今後数年で非常に希少な存在になる。「難しそう」ではなく「チャンスだ」と捉えて、今から学び始める価値がある分野だ。

補足Q&A

Q. SSBJとTCFDはどう違うか?

TCFDは民間の自主的なフレームワークとして2017年に登場し、法的拘束力はない。SSBJはTCFDの4つの柱(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標)の枠組みを継承しつつ、日本の金融商品取引法上の開示規制に組み込まれた「法定基準」だ。任意から義務へのシフトがSSBJの最大の変化といえる。

Q. スコープ1・2・3とは何か、簡単に説明すると?

スコープ1は「自社の工場・設備から直接出るCO2」、スコープ2は「外から買う電力・熱から出るCO2」、スコープ3は「自社以外の全てのバリューチェーンから出るCO2」だ。スコープ3は輸送・出張・仕入れ先の排出から製品の廃棄まで含み、大企業の総排出量の70〜90%を占めることもある。算定が最も難しいが、最も影響が大きいカテゴリだ。

Q. SSBJ基準の開示内容は誰が保証(監査)するのか?

SSBJ基準の適用状況(適用の有無等)や、経過措置の適用状況の開示が求められる。開示情報の信頼性を確保するため、第三者による「保証(アシュアランス)」の仕組みも段階的に整備されている。当初は「限定的保証」から始まり、将来的には財務諸表の監査に相当する「合理的保証」へ移行する方向が検討されている。会計士・監査法人にとっても新たなサービス領域になる。

本記事は2026年5月時点の情報をもとに執筆しています。SSBJ基準の内容・適用スケジュールは今後変更になる可能性があります。最新情報はSSBJ公式サイト(ssb-j.jp)および金融庁の公表資料をご確認ください。

Q. 中小企業はどう準備すればいいか?

直接の義務対象ではない中小企業も、今すぐできる準備がある。まず自社のスコープ1・2の排出量を把握することだ。電力・ガス・燃料の使用量から概算できるため、難しい作業ではない。環境省の「サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出等の算定のための排出原単位データベース」などの無料ツールを活用できる。次に、大手取引先から問い合わせが来たときにすぐ答えられる体制を整えておくこと。問い合わせが増えているのは事実であり、「わかりません」と答えることのビジネスリスクが増している。早い段階で準備した企業が、取引先からの信頼を得て競争優位になる可能性がある。