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放送作家の本音。二流の言い訳は原稿をつまらなくする。

正直、もう聞き飽きたのよ……。

今回は、テレビの世界で使われがちな常套句について書きます。そんなことばかり言っていると、原稿がつまらなくなりますよーっていう。さて、どんなものなのか。

僕の主な仕事は〝提案〟です。

どんな構成にしたら興味を引けるのか。
どんな表現にしたら感情移入できるのか。
どんな映像にしたら相手の心に残るのか。

もちろん、ディレクターにも考えがあるので、僕の意見がいつも全て通るわけではありません。そこは重々承知しています。しかし、次のような理由で提案を却下されるのは違うと思うんですよ。その理由とは……、

「画がない」と「尺がない」です。

この2つ、実によく聞きます。確かに、テレビの世界は映像第一主義。画がついてこない話は描きにくいです。割り当てられた尺も絶対に守らなくてはいけません。ただ、一方でこう思うんですよ。

それは、本当に吟味した結果なのか?って。

実際、大体はどうにかなるんです。だから、僕はもしディレクターから「画がない」「尺がない」と言われたら、あえて厳しく伝えるようにしています。

「画がない」「尺がない」は【二流の言い訳】だからな!と。

例を挙げます。題材は大きな挫折を乗り越え、復活を遂げた野球選手。しかし、原稿を読むと、まるで感情移入できなかった。

こんなとき、僕が真っ先に疑うのはテーマに大きく関わる部分です。

この企画だと「挫折をどう乗り越えたのか」または「どれだけ奇跡的な復活なのか」辺りがテーマ。だとしたら、どん底から立ち上がるまでの過程が深掘りできていない可能性が高いと考えるのです。

ところが【二流の言い訳】をしがちな人って、この指摘に難色を示すわけですよ。やれ「挫折した時期の画がなかった」だの、やれ「伝えたい要素を詰め込んだら尺がなくなって」だの。

もう、そういうとこォォォォォォォォォォ!

僕が思うに「画がない」と言う人は、想像力を働かせないで思考停止しているだけです。

画がないなら、つくりましょうよ。挫折を想像させるイメージカットとか、挫折について語る本人の表情で押すとか、再現ドラマで埋めるとか、手立てはいろいろあります。上手なディレクターなら、画がないことを逆手に取る演出を考えようとします。

一方「尺がない」と言う人は、何が最も伝えるべきことなのか、優先順位がつけられていないだけです。

尺がないなら、要素を絞りましょうよ。長々と経歴を紹介したり、画があるからと本筋ではない場面を使ったり、それって本当に挫折から立ち上がるまでを深掘りするより大事でしょうか。僕はそう思いません。上手なディレクターは「広く浅く」より「とことん深く」を目指します。

そもそも「画がない」「尺がない」から、つまらなくても仕方ないとでも?

【二流の言い訳】から一刻も早く卒業しましょう。その常套句は免罪符にはなりません。

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