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平成三十年八月二十六日、手放さない息子の約束。

先日、地方の大学で野球に励んでいる息子から、1枚の画像が届きました。帽子の裏には手書きで……、

「約束」「平成三十年八月二十六日」

と書かれていました。そうか、彼は8年前の今日、約束を胸に刻んでいたのか。


息子の野球人生は波乱万丈です。

僕の影響で、1歳から野球三昧。
小学生のころは、地域で一番の選手でした。
その後は強豪に入団し、エリートの仲間入り。
もちろん、夢はプロの舞台で活躍すること。

しかし、運命は過酷でした。

中1の夏、妻が亡くなる前後で、体に異変が。

止むことのない頭痛に襲われるようになり、手足の力が抜けて動けなくなったり、時には意識を失って倒れたり。検査を受けても原因はわからなくて、病院をあちこち巡りました。

最終的にメンタルの病であることが判明。
満足に野球できなくなってしまいました。

高校進学はできたものの、症状は残ったまま。公式戦には一度も出られませんでした。何と言うか、合理的配慮に欠けた環境だったんです。主治医が怒りを覚えるほどに。

一方、小中で一緒にプレーした仲間たちは甲子園で躍動し、強豪大学からスカウトされていきました。息子はどんどん置き去りに……。

大学はもがきにもがいて見つけました。そのときのドラマがこちら👇️

幸い、高校野球を引退してから体調は上向きになり、本気のトレーニングを積めました。そして運命的な縁もあって、ギリギリ滑り込みで合格!

ちなみに当時、何故か「ほかの生徒との兼ね合いで」卒業証明書を期日までに発行しなかった高校を、僕は未だに許していません💢

ただ、厳しい現実は続きます。

今年で大学3年、公式戦出場はなし。努力はしている、技術も上がっているのに、なかなか限界突破できない。春のキャンプでは大きな挫折を味わい、ベキベキッと心が折れました。

同期の大半は全国の舞台を踏んでいるのに、ここでも置き去りに……。

発症してから8年、野球を嫌いになってもおかしくないんです。体のこと、将来のことを考えて、野球をあきらめてもおかしくないんです。

しかし、

息子は野球を手放そうとしません。

「おれ、野球が本当に好きなんだよな」なんて言って、コツコツと努力を続けています。そこには帽子に書いた「約束」を守りたいという思いもあるのでしょう。

平成三十年八月二十六日、つまり8年前の今日は妻がこの世を去った日です。

彼女は誰よりも息子が野球している姿を愛していたし、夢を叶える姿を望んでいました。今もきっと、息子が好きなことに好きなだけ挑めるように願っていると思います。

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